第一話 殻を破ったのは (2)

「わたし、数学科2年の黒川沙友理」


 黒川、やはりピンとこない。どうやら1つ下らしい。スラリとした佇まいと、こなれてる感じがどうも同い年か年上かと思っていたんだが。


  数学科か。この授業は倫理学の授業であり、一応全学部が受けることのできるオープン科目だが、基本的には教育学部など、文系がほとんどだ。しかも数学科の女子なんて珍しい、砂漠の中のオアシスの如くだ。そしてこの容姿。数学科男児の恋の方程式に必須の公式になっていること間違いない。


「僕は文学部3年東宮薫」


僕の自己紹介が終わる前に彼女が口を開く。


「知ってる。東宮さん、有名だから」


 まあ、そうだよなと僕は目を閉じて頷く。と言っても悪い噂ではない。僕は多分有名人だ。学校の中だけでなく世間一般から見ても。



作家、東宮薫。

【一昨年から執筆を初めて、既に3タイトルが映像化をしている。

 作風は青春を舞台にミステリーから恋愛まで幅広いジャンルを共感しやすい心理と繊細な表現が若い世代を中心に多くの支持を集めている。

 大学生であることは作者から公表されており、顔出しはしていない。授賞式に参加したときは会場には来ていたと本人が話していたが、編集者が代わりにもらっていた】


彼女がスマホに僕の名前の検索結果を表示させている。


その下にスクロールをしてあるところで手が止まる。


【現在は活動を休止している】


 その画面を見えた瞬間、目を離して前のスクリーンをみる。相も変わらず誰が聞いてるのか分からない説明を教授は繰り返している。少し暖かくなってきただろうか、じんわりと額に汗が滲んできた気がする。


「なんで書かなくなっちゃったの?」


純粋ないい質問だ。正しくしてほしくない話。


「スランプだよ、ただの」


目線を変えずに手に顎をのっけながらぶっきらぼうに話す。


「ねえ、この授業とらないと危険?」


 危険というのは多分単位数とか必修とかの心配だろう。どんなに作家として本を書いていた時期も大学には足蹴なく通っていたため、特別取らなければならないことも無い。


「いや、ただ興味で取っただけ」


「そっか、じゃあ抜けない?ちょっと話がある」


思わず彼女の方をみる。そしてまたその唇がゆっくりと動く。






「あなたの退屈を救えるかもしれない」





 その目に僕がくっきりと映るほど澄んでいて大きい。本気なのかな。退屈を救った先に何があるのか彼女はその答えを知っているように思えた。多分気がしただけ。

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産声をあげた雛 フリエ エンド @kodoozi1888

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