第2部 第9話 封印、滲みゆく現実

神納ニュータウン全域で、奇妙な異常が続発していた。


──深夜、突然街灯が一斉に消える。

──固定電話や有線のネット回線が数分間すべて遮断される。

──夢遊病のように深夜に外へ出てしまう住民が続出。

──「神を見た」と呟く小学生の登校拒否が急増。


綾乃の耳にも、職場を通して連日“奇妙な出来事”の報告が集まっていた。


「最近、患者の精神的幻視が増えすぎています。これ、偶然じゃ説明つかないんじゃ……」


同僚が戸惑いながら呟く言葉に、綾乃は曖昧に頷いた。

(もう……“滲み始めている”)


十三の鍵が徐々に“満ちて”いくにつれ、町の“内と外”の境界が崩れつつある。


そんな中、《Town Code》のYouTubeチャンネルが突如、更新を停止した。

公式Xアカウントには「都合により当面の活動を休止します」とだけ書かれていたが、

裏では、メンバーの一人・ケンが錯乱状態で行方不明になっていたという情報が綾乃の元に届く。


彼は、最も積極的に“神納の地図構造”や“祭壇”の分析をしていた人物だった。


サトシが綾乃にだけ送ったDMには、こう記されていた。


「アオイから君の事は聞いた。君にも関係があるかもしれない。

メンバーのケンが行方不明になる前に封印の中央にある“白い神”を

“見た”って言ってた。でもあれ、見るものじゃない。

見た者から壊れていく。……これ以上あの場所の謎を掘り起こしたら、

次は俺たちが“戻らなくなる”かもしれない」


綾乃の中に、奇妙な焦りが生まれていた。

“戻らない”という言葉。

それは、YOKOが選んだ運命を思い出させた。


(記憶に残ること、誰かに覚えられること……それすらも代償として“封印”に差し出されている)


彼女は、院内の旧書庫にある古い医療法人設立記録を再調査した。

そして、一冊の関係者記録簿に辿り着く。


その最終ページにだけ、手書きの走り書きがあった。


「綾小路は、十三代にわたり“器”を管理する宿命を背負った一族。

だが、最初の“器”は封印に耐えきれず、自らを“神の芯”に重ねることで終焉を選んだ。


※記録削除対象:神納ヨーコ(13歳)」


綾乃の指が止まる。


(YOKO……神の芯……)


白い神に“喰われた”のではない。

YOKOは、その一部に変質し、“内側から封印を維持する”役目を引き受けた。


つまり、封印の中央には“意識”があり、それはYOKOそのものだ。


その時、胸元のスマホが震えた。


🟥《Town Code》非公開通知:

【#16】“町そのものが、十三を選び終えようとしている”


未公開の録画動画のリンクが届く。

再生すると、夜の広場で撮影された映像。

その中で、ケンが呟く。


「見えるんだよ……あのステンドグラスの奥に、ずっと、誰かが……あれは……俺たちの中から出てきたやつなんだ……」


画面がぶれる。

最後に、“白く長い影”が、空中を滑るように通り過ぎた。


映像は、暗転。


――【十三、のこり二】


綾乃の背中を冷たいものが這い上がる。


(もう、“開ける者”は動いてる……)


夜。綾乃はついに屋上へと向かった。

病院の中心、避雷針の根本で立ち止まると、かすかに風が動く。


“十三の座”に、自分が立っている。


すると足元のコンクリの割れ目から、白い何かが一瞬見えた。

布か、霧か、それとも――“呼吸する何か”。


「……あなた、今もここにいるの?」


綾乃がそう問うと、誰かの声が頭の中に届いた。


――「“器”は揃った。あとは、“導く者”の選択」


選ぶのは、自分?


その時、脳裏に“YOKO”の声が甦る。


「わたしの記憶の先に、“あなた”がいるから」

「わたしは鍵。でも、あなたは“門”そのものだった」


その夜、神納ニュータウンでは停電が発生した。

電力・ネット・通信すべてが遮断され、町は“黒い沈黙”に包まれた。



綾乃のスマホに届く、最後のメッセージ。


「“第十二”は、君が最も信じた人。

“第十三”は、君自身の“中”にある。

残された時間は、あと三日」



そして深夜0時。

柱時計が動いてもいないのに、「カーン……カーン……」と音が響き始めた。


綾乃は、ベランダから空を見上げた。


中庭を挟んだ向かいの8階。

ステンドグラスの奥に、“もうひとつの自分”が立っていた。


白い顔。

赤い目。

そして、十三のうち、十一の灯がすでに灯っていた。


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