第2部 第6話 継がれしもの
夜半過ぎ。
綾乃は、実家の仏間に再び足を踏み入れていた。
柱時計が静かに刻む音だけが空間を満たしている。
曾祖母の遺品を探すうち、奥の襖のさらに裏――板の間との隙間に、一本の細い木箱が挟まれていた。
中には、和紙に包まれた封書。
筆で書かれた古びた宛名に、「高坂綾乃殿」と記されていた。
震える指で開くと、中には几帳面な文字が並んでいた。
それは、曾祖母から、綾乃宛てに生前用意されていた手紙だった。
「あんたが十三に満つ年、何かを思い出すようなことがあれば、この手紙を読んでほしいと思っていたよ。」
「あんたの母親には話せなかったこともある。
実はうちの血筋、元を辿れば“綾小路”の家系に繋がっている。
うちの別れた旦那は、綾小路宗家の分家の生まれで、
“榊原家”として、名を継いで新しくこの地に医療の礎を築いた人だったけど、
血の宿命までは捨てきれなかったんだよ。
遠縁とはいえ、血筋のあるものはそれだけで“役目”があったんだ」
綾乃の鼓動が高鳴る。
自分は知らず知らずのうちに、“その系譜”の中にいたのだ。
「山の神を祀る一族として、うちには“名を伏せて生きる”という決まりがあった。
高坂という姓は、綾乃の母がお嫁に入ったときのものだよ。
だから、あんたの本当の血筋には、“綾”の文字がちゃんと流れている」
「大事なことは忘れてしまう。本当に必要な時に、綾乃にこの話が届くように
そう願を込めて、文字に託すよ。宿命に流されないで、自分の役目を見届けなさい。」
綾乃は、手紙を胸に押し当てた。
(私は……綾小路の、残り火なんだ)
だからこそ、あの“音”が、あの“気配”が、自分の中に響いたのだ。
神を還す者として――鍵の器として選ばれたのは、偶然なんかじゃなかった。
翌日、病院ではまた一人、職員が“体調不良”で突然の早退を申し出ていた。
それは、事務方のベテラン職員――和泉美沙。
だが綾乃は、彼女が何かを隠しているように見えた。
「最近、夢を見るの。……白い影に見下ろされる夢」
「病院のステンドグラス越しに、誰かが立ってるの」
綾乃は息をのんだ。
その夢は、自分が見ていたものと、あまりにも一致していた。
(もしかして……“鍵”はもう、病院の中で揃い始めてる?)
その夜、綾乃のスマホに《Town Code》からの通知が届く。
🟥【#14】“十三番目は、血ではなく記憶で選ばれる”
画面には、サトシの疲れ切った顔が映る。
彼は、ある一枚の資料を差し出す。
『これ、神納地区の人口分布と、“祠を知っていた者”のリストを照らし合わせた結果。』
そこには、名前のない存在がいくつも並んでいた。
つまり、「かつて“祠”を知っていたのに、今はその記憶が抜け落ちている者たち」だ。
『名前が記録に残ってる。でも本人も家族も、記憶が“そこだけ”曖昧。
まるで……“忘れるように仕組まれてる”みたいだった』
綾乃の中で、ひとつの仮説が形になる。
(もしかして、封印とは――“神”を閉じ込めるだけでなく、“人の記憶”を鎮めるためのものだったのか)
白い神の力は、“目にするだけで人の記憶を侵す”。
だからこそ、その神を見た記憶ごと封じ、鍵として器に選ばれた者に、役目が受け継がれる。
深夜、綾乃は病院の資料室で、一枚の古い職員名簿を見つけた。
そこに、“YOKO”という名前はなかった。
だが、職員IDの連番がひとつだけ欠番になっている。
書類上では「空き番号」になっていたが、明らかに意図的な削除の痕跡があった。
綾乃は震える手でその番号をなぞる。
(……やっぱり、ここにもいたんだ。YOKO)
記憶から消された者。
でも、確かに“ここにいた”という痕跡だけは残っていた。
部屋を出たとき、廊下の奥に立つ影に気づいた。
白いワンピース。背の高い少女。
逆光に浮かぶその姿が、一歩ずつ近づいてくる。
(YOKO……?)
声をかけようとした瞬間、その姿はふっと消えた。
だが、足元に残された小さな紙片。
それには、こう記されていた。
――「十三の時、鍵は眠りより還る」
綾乃は、それをそっと拾い上げた。
そして、悟る。
この町では、“記憶されない者たち”が、再び目を覚まそうとしている。
綾乃の耳に、遠くからまたあの音が響いた。
「カーン……カーン……」
音は、まるで呼んでいるかのように、一定の間隔で続いていた。
今度は――病院の屋上からだった。
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