第2部 第5話 封じられたのは何か
「……この部屋、空気が違う気がしませんか」
病院地下の保管室。
放射線科の技師・椎名の失踪に関する手がかりを求めて、綾乃は主任とともに資料整理に入っていた。
数十年前の備品棚卸記録や、旧施設のレイアウト図などが並ぶ埃まみれの室内は、ただ静まり返っていた。
だが、綾乃にはわかる。
ここには“何か”が沈んでいる。
かつて祠があったとされる「神納の中央部」は、この病院の敷地とわずかに重なっている。
そして、この保管室は、その“地下延長線上”にあたるのだった。
彼女の指が、古い巻き物に似た紙束に触れる。
和紙に包まれたそれは、保存されていた形跡すらない、ただ“隠されていた”かのように埃をかぶっていた。
紙束を開いた瞬間、空気がぴたりと止まる。
そこには、墨で描かれた**「封陣図」**と、ひとつの朱文字が記されていた。
――「第十三区封札納所」
綾乃が息を飲んだ。
“十三”という数字は、ここにも現れていた。
札――つまり、何かを封じるための護符がこの病院に納められていたのだ。
その図面には、中央広場から放射状に伸びた十三の“気の流れ”が線として描かれている。
その一つが、まさしくこの病院の地下に直結していた。
(……この場所そのものが、“封印の一部”だった)
そのとき、背後でパチン、と蛍光灯が点滅した。
主任が驚いて振り向くが、電気に異常は見当たらない。
だが綾乃の胸に、明確な“気配”が押し寄せていた。
(何かが近づいている――)
――カーン……カーン……。
時間は12時ではない。だが、あの柱時計のような鈍く重い鐘の音が、耳の奥で鳴った気がした。
その瞬間、綾乃の意識に“何かの記憶”が流れ込む。
──かつて、小学校の放課後。
神納ニュータウンの造成地に、子どもたちだけで入り込んだ記憶。
その中に、自分ともうひとり、背の高い少女がいた。
「行っちゃダメ。ここ、“息してる”から」
その少女は、確かにそう言った。
それが、YOKOだった。
思い出せなかった名前。
忘れていた記憶。
だが今、脳裏に焼きつくように思い出される。
彼女は「戻らない」ことを自ら選んだ。
この土地に“記憶”として封じられることで、何かを保っていた。
(YOKO……あなたは……)
その夜、綾乃は再び《Town Code》のライブ配信を見ていた。
タイトルは、こうだった。
🟥【#13】“記憶の封印点”──神納病院地下、十三の札の痕跡
サトシは異様なほど疲弊した顔で語った。
『……俺たち、知ってしまった。町を封じた“十三の祭壇”は、人間を“鍵”にして構成されていたんじゃない。
封じられてたのは、“記憶”だった。』
映像が切り替わる。
古い地図、巻き物、そして、医療法人の旧名が映し出される。
『神納医療法人……旧名は“綾小路記念診療所”。そして……設立者の名前は、榊原道隆、旧姓・綾小路。』
(……榊原……道隆?)
綾乃の胸に衝撃が走る。
曾祖母が話していた、“生贄を差し出していた一族”――綾小路家。
その末裔が、この病院の礎を築いていた。
サトシが静かに言った。
『この町は、綾小路の血と記憶で築かれてる。
それは今も、次の“鍵”を選んでる。』
そして最後に、画面が一瞬乱れたのち、白い何かが映り込む。
ステンドグラスの奥。
夜空の中に、ぼんやりと浮かぶその影。
(また……見てる)
綾乃は、画面を閉じた。
部屋の灯りが消え静寂が満ちたとき…
背後から―「十三を満たすのは、あなた」 と囁かれた気がした。
自分が、何を背負わされてきたのか――そして、何を“思い出すべき”かを、
悟り始めていた。
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