第1部 第8話 名を継ぐもの

綾乃は、実家の古いアルバムを開いていた。

幼い頃の写真。その中に、一枚だけ、曾祖母と並んで神社の前に立つ自分の姿があった。


後ろに写っているのは、石段と木の鳥居。

記憶には残っていない。

だが、鳥居の奥に映るぼやけた建物は、確かに“あの祠”だった。


(……私、あの場所に行ったことがあったんだ)


封印されていた神。還す者。

そして、“導く者”。


スマホに届いたあのメッセージの意味が、じわじわと輪郭を持ち始める。


>あなたは、“13人目”の鍵として選ばれている。


それは、血筋なのか。

過去の因縁か。

あるいは、“選ばれるべくして”生まれてきたのか。


綾乃は、曾祖母の家に残されていた箱を思い出した。

仏間の押し入れの奥。子どもの頃は怖くて近づけなかった場所。


その夜、仕事終わりに立ち寄った実家で、綾乃は意を決してその箱を取り出した。


和紙に包まれた中身は、木製の札、古びた巻物、そして――鹿の角。


曾祖母が「神の名残」と言っていた、それだった。


その角には、赤黒い染みがまだ残っていた。


(これが……“神”に関係する何か?)


巻物はかなり傷んでいたが、辛うじて読める文字があった。


――「第十三ノ者、還スヲ為ス」


“十三”。

ここでもまた、その数字が現れた。


綾乃の背筋に、ぞくりとした寒気が走る。


その瞬間、家の外で風鈴が鳴った。

いや、風など吹いていなかった。

それは、どこか遠くから届いた“音”だった。


「チーン……チン、チン……」


柱時計の鐘。

だがここは、自宅ではない。


(聞こえてる……? どうして……)


立ち上がった綾乃は、障子を開けて外を見た。


遠くの夜空に、白い影が浮かんでいた。


輪郭は曖昧だが、確かに、こちらを見ている。


綾乃は、自分がもう“後戻りできない場所”に立っていることを悟った。


(私の中に、“何か”が目覚めようとしてる)


それは、恐怖ではなかった。

どこか、ずっと昔から知っていたような感覚だった。


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