ダンスホールに響く「デフレ」の嘲笑 終わりのないワルツのに
薄暗い照明が揺れるダンスホール。
重く単調なビートが、この国の停滞を暗示している。フロアを漂う人々は、どこか諦めたような
顔つきで、見えない鎖に繋がれているかのようだ。
DJブースには、影絵のように悪魔が佇む。
彼の存在自体が、この国を蝕む経済の疲弊と、
人々の心に巣食う無関心の具現化である。
彼はフロアで踊らされているかのような
人々の姿を眺め、その口元には薄い笑みが
浮かんでいる。
終わりなき円舞曲(ワルツ):デフレの時代
悪魔の言葉が、重低音のビートに乗って
ホール全体に響き渡る。
「さて、この麗しき停滞は、いつから続いておりますかな? お忘れか? ええ、無理もありません。何しろ、もう1990年代の初頭から、今日に至るまで、実に四半世紀以上の歳月が流れておりますからな。このフロアで生まれた者も、気づけば人生の盛りに差し掛かっている。誠に、素晴らしい時間の使い方でございます。」
彼は、まるで熱心な教師のように、
しかしその声音には冷え切った
嘲笑を込めて語る。
「このダンスのタイトルは『物価は下がる、賃金は上がらぬ』。ええ、変わることなく、皆様のお耳に心地よく響くことでしょう。この曲は、皆様が自ら選んだ、永遠のアンセムでございます。何度繰り返しても、決して飽きない。いや、飽きるという概念すら、消し去って差し上げましたからな。」
悪魔DJのブラックユーモア:政府と市民の「共演」
悪魔は、デフレがもたらす賃金の停滞と物価の下降、そしてそれが固定化していく様子を、辛辣なブラックユーモアを交えて煽り続ける。
「おや、そこの政府の高官殿。またも新しい景気対策ですか? まことに、ご苦労なことでございますな。しかし、私の耳には、まるで新しい酒を古い革袋に入れているとしか聞こえませぬが? あなた方が打ち出す政策は、この停滞したワルツのBPMを、ほんの僅かたりとも変えられはしない。まるで、故障したレコードプレイヤーのよう。同じ場所で、ひたすら針が飛び跳ねておりますな。」
彼の視線はフロアで踊る人々へと移る。
「そして、フロアの皆様もまた、見事なものでございます。目の前の安い値段には、まるで飢えた獣のように飛びつく。ところが、ご自身の給料が上がらないことには、ただ『高い、高い』と嘆かれる。実に不可解でございますな。皆様が『高い』と感じるから、企業は値段を下げ、そのしわ寄せが皆様の賃金に跳ね返ってくる。見事なまでの自己達成予言でございます。この無限ループ、我々悪魔から見ても、実に芸術的でございますぞ。」
悪魔は、少し間を置いて、まるでとっておきのジョークを披露するかのように、口角を上げた。
「結局、デフレの『金額』だけは、このままでよろしいのです。変わらないことの、何と心地よいことか。痛みも、不満も、すべてが固定され、揺るがぬ安定。まさしく、完璧な均衡状態でございましょう。我々悪魔は、この傑作を、心ゆくまで堪能させていただきます。」
その一言が、ホール全体に、妙な、そして
不気味な笑いを誘った。人々は、その言葉の
意味を深く考えず、ただ漠然とした同調の笑いを
浮かべる。彼らは、自分たちが悪魔の掌の上
で踊らされていることに、
まだ気づいていない。
フロアには、相変わらず沈鬱なワルツが
響き渡る。人々の足音は、以前にも増して重く、
そして疲弊しきった音を奏でているか
のようであった。彼らは、悪魔の言葉が
突きつけた真実から目を背け、ただ目の前の、
しかし決して満たされることのない
日常のダンスを続けている。
DJブースから悪魔の声が再び響く。その声には、
先ほどの侮蔑とはまた違う、諦めにも
似た響きが混じっていた。それは、
彼がどれだけ真実を語りかけようとも、
人間たちが自らの意志で変わろうとしないことへの、絶望にも似た嘆きか。
「皆様は、この白昼夢からいつお目覚めになるのでしょうか? それとも、このまま永遠に、心地よい幻影の中で朽ち果てていくおつもりでしょうかね。」
デフレのダンスホールは続く。物価は下がり、
賃金は停滞し、経済は縮小の一途をたどる。
しかし、それ以上に人々が失ったのは、自らを変える力、そして未来を創造する意志だった。悪魔の言葉は、そのすべてを剥き出しにし、ダンスホールにいる人々の無意識の行動を、まるで滑稽な舞台劇のように映し出す。彼らは、いつまでこの、終わりの見えないワルツを踊り続けるのだろうか。そして、この「金額だけはそのまま」
というデフレの呪縛は、いつ、どのように解かれるのだろうか。
安い商品ばかり見てきたせいでしょうな。
安いのは人間たちのやる気というタダ働きで
成り立ってるのにまだ気づかないとわねぇ。
安さになれると、国力は下がり他国の力にたより
更に弱くなるのだが。
変わらないままで大いに結構…
変わらないままで大いに結構…。
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