呪縛物語
むらびとA
桐島レイは呪われた
第1話 桐島レイ
社会見学実習。
西高の二年生は毎年十一月に企業の仕事とはどういうものかを学ぶために会社見学を行なっているのだ。
移動はクラスごとそれぞれバスで分けられている。
授業の一環とはいえ教室での退屈な座学に比べ、いつもと違う体験は生徒たちを少し興奮させているようだった。
二年一組のバス。
他のバスの中と同じで割と生徒達の空気は弛緩していた。
好きな者同士で座り合い、和気あいあいと話に華を咲かせたり、持ち込み禁止品であるスナック菓子を食べている者さえいる。
「マジっ! それ最低じゃん!」
「これはデカい!」
「オイ! 誰かに絡みに行こうぜ」
特に聞く気がなくともバス内にいれば聞こえてくる喧騒。
そんな中、バスの外を眺める桐島レイの瞳は冷たく、心は暗く沈んでいた。
その心の中にあるのは失望と怒り。
母親が死んで父親と二人で生きていくと思っていたら、父親はあっさり新しい交際相手を見つけ、再婚すらしようとしている。
桐島レイにはそれが死んだ母親に対する父親の裏切り行為に思えて許せなかった。
そして約一週間前にサッカー部内の模擬戦にて幼馴染のヒロから強烈なタックルを受け、それが原因で右膝前十字靭帯断裂という大怪我を負った。
そのせいで桐島レイは高校生活中にサッカープレイヤーとして復帰することが絶望的になってしまう。
サッカー部の監督からは陰で怪我したのがエースストライカーであるヒロでなく桐島レイで良かったと言う衝撃的な事を盗み聞いてしまった。
監督を信じていただけに桐島レイのショックは計り知れない。
極めつけは昨日、最愛の彼女だと思っていた幼馴染の彼女であるマユに振られた事だった。
マユが本当に好きなのは最初からヒロだったのだ。
レイはヒロと付き合うためのただの練習台だったというマユ。
裏切られ騙されたレイの気持ちは考えるまでもない。
父親、監督、幼馴染に裏切られた絶望によってレイに人を信じる心などというものは完全に消滅した。
かわりに、人間は平気で嘘をつく生き物だと確信した。
レイの心は猜疑心によって完全に支配されている。
自分以外は誰も信じない。
そう固く決心していた。
「根暗ちゃんっ! 何読んでるの! ちょっと見してぇ!」
ひときわ大きな声がレイの隣から聞こえてきた。
レイは視線を窓から隣にやる。
レイの隣席には前髪によって目が隠れている事が特徴な小柄な女子、黒沢ミヤ。
そのミヤのスマホを奪ったと思われる大声の主は、クラスでもガラの悪い男子と評判の丸岡ユウタ。
「あ、あ……かえ……して……」
隣に座っているレイですら聞こえるか聞こえないか位のミヤのか細い声。
「やっべ! 根暗ちゃんっ! エロ小説読んでんじゃん! これ男同士でヤッてる話じゃん!」
バス内全体に聞こえる程の大声でユウタはわめく。
「根暗ちゃん、流石にエロ小説読むのはどうなん? 実習っつっても授業だよ授業。授業中にエロ小説読んじゃだめじゃん! ギャハハハ!」
ミヤは自分の趣味性癖をユウタに大声で暴露され、恥ずかしさからなのか顔を伏せてしまった。
「もしかして根暗ちゃん欲求不満的な? なんだったら俺が解消手伝ってやろっか」
そう言うとユウタは腰を前後に振り、ミヤに見せつける。
「ユウちゃん止めたれって、根暗ちゃんがかわいそうだろ、ははは!」
ユウタの取り巻きから心にも思ってなさそうな声がとぶ。
「う……ううぅ……」
ミヤは泣いているのかしきりに手で目の当たりを擦っている。
「やっべ! 俺根暗ちゃん泣かしちった! ゴンメ、ゴンメ」
全く誠意を感じさせないユウタの謝罪。
他の生徒達も引率の先生もユウタが悪いのは理解している。
ただ単純に面倒事に関わりたくないのだ。
この先、人生を生きる上でそれが当たり前である事は皆感覚的に理解しているのである。
助ける義務も義理もない。
そんな中。
「うるせぇんだよ普通に」
レイは静かだが確かに強い語気でユウタに向けて言い放つ。
特にミヤを助けたかったわけではない、単純にユウタがうるさかったのと、物思いを邪魔されたことにイラついていたのだ。
意外な人物からの一言だったのかバス内が一瞬静まり返る。
レイのクラス内ヒエラルキーは高くもなく低くもなく中間に近い。
そんな男からの一言だった。
ユウタも多少面くらった様子。
「あれあれ、どうしたん桐島ちゃん! うるせぇって何! うるせぇってヒドくね!」
レイの言葉でイラついているのかユウタは早口でまくし立てる。
「さっさと席に戻れよ」
「なに桐島ちゃん人に命令してんの? 何様なん! 神様なん! なにイラついてんの? あっ、そっかあ」
ユウタは大柄な体躯でレイを見下しながら意地の悪い笑みを浮かべる。
「桐島ちゃん、膝ぶっ壊れてもうサッカーできないもんなぁ。もう、かぁわぁいぃそぉぉ!」
クソ野郎。
レイは自分でも気にしている膝の怪我のことをユウタに言われ、怒りで手のひらに爪が食い込むほど拳を握りしめる。
「でも大丈夫、西高サッカー部は桐島ちゃんなんていなくても全然余裕で戦えっから! エースのヒロがいれば問題ナッスィング! 膝が終わったのが桐島ちゃんでホント良かったよなぁ! なぁヒロ!」
ユウタがヒロに話を振り面倒事が飛び火する。
「いや俺は別に……」
ヒロは言いよどむ。
当然この場にいる者は誰がレイの膝を破壊したかを知っているので、場の空気は最悪である。
「あと、桐島ちゃん昨日マユに振られてヒロに寝取られてやんの! そりゃ嫌だろこんな膝の壊れた奴。ヤる時松葉杖とか大変そうだしな!」
ユウタの度重なる名誉の侮辱を受けたレイは我慢の限界だった。
「噂によると桐島ちゃんの父親、若い女に夢中で家にも帰ってな━━」
「黙れ、クソ野郎」
怒りの限界を超えたレイはユウタの話を遮って、膝の痛みに耐えながらユウタに詰め寄り胸ぐらに掴みかかる。
「け、喧嘩はやめて〜。ね、ね、ここは先生に免じて、ね」
流石に止めねばまずいと思ったのか担任兼引率の白井カヨが仲裁に入る。
「お、ユウちゃん! やれやれ!」
「怪我人だからって手加減すんなよ!」
「マジか! リアル喧嘩とか小学校以来なんですけどぉ!」
周りからはレイとユウタの喧嘩を煽る声。
「やんのかぁ桐島ぁ! 死んでも文句言うんじゃねぇぞ!」
ユウタはより乱暴な言葉遣いでレイを恫喝する。
「ああ、やってやるよ」
レイの言葉は静かだが、猛禽類を思わせるほど冷たく鋭い眼光でユウタをにらみつける。
「お願いだから、お願いだから喧嘩は止めて〜」
担任である白井カヨの悲痛な叫びがバス内で虚しく響く。
しかしその時凄まじい閃光がバス内を包み込む。
その眩しさでレイは目を閉じずにはいられなかった。
それと同時に自らの体に浮遊感を感じる。
何が起こっているのかも分からない内にレイの意識はそこで途絶えた。
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