第11話

 確かにミネットのいう通り、見慣れぬ男達の姿があった。その数は、およそ二十ほどか。

 いずれも革鎧を身につけており、腰には小剣を収めた鞘が見える。短槍を背負っている者も、少ないながら存在した。

 この武装した男達は、どこから持ち出してきたのか、大量の木材をそこかしこの家屋に打ち込み、バリケード状の建物へ造り変えようとしていた。

 ルゥレーン城から、補助隊が来るという話は聞いていない。であれば、この連中は一体何者なのか。


(あの男は……)


 この一団を指図していると思われる、ひとりの恰幅の良い男の姿が目についた。

 どことなく見覚えがある。ジェロムは必死に己の記憶の中を探り、その人物が何者であるのかを突きとめようと試みた。


(そうだ、思い出したぞ。あの男は)


 ジェロムはミネットと家士をその場に留め、ひとりで謎の集団へと足を進めた。すると先方も気づいたのか、ジェロムに対して、慇懃な作法で一礼を送ってきた。

 ある程度まで近づくと、ジェロムも足を止めて騎士の作法で返礼した。が、その面には決して安穏な表情は浮かんでいない。むしろ、彼は露骨に警戒する厳しい目線を相手に送った。


「お久しぶりです、モンディナーロ卿。時に、ここで一体何を?」

「これはこれはディオンタール卿。ご無沙汰しております」


 その男クルザール・モンディナーロは、ジェロムの問いかけには答えず、禿げ上がった頭を掌でぺたぺたと軽く打ちながら、潰れた団子の様な容貌を笑みの形に崩した。

 ただでさえ粘っこい印象の面が、より一層べたついて見えた。


「我が君から、エモンラニエ伯に救援の要請があったのでしょうか? 私は何も存じておりませんが」


 硬い表情でジェロムが問う。

 するとクルザールはようやく、今しがた何かを思い出したかの如く、大袈裟なほどに驚いた顔を作った。


「おぉそうでした、そうでした。実は我が君より、バルバラッセル村への支援をせよ、と仰せつかりましてな。それで今朝早くから、着手し始めた次第でございます」

「支援?」


 ジェロムは首を傾げた。

 エモンラニエ兵達は、復旧作業や救援活動にいそしんでいる訳ではない。

 どう見ても、村を要塞化する為の強化工事に従事していた。これを、支援活動と呼べというのだろうか。

 疑問たっぷりの視線でエモンラニエ兵達を眺めていると、聞かれもしないのに、クルザールが嬉しそうな調子で更に続けてきた。


「バルバラッセル村を襲った奴は、きっとまだ近くに居るでしょう。なればこそ、村の守りをより強化し、村人に再度の危難が降りかからぬようにせねばなりません」


 この台詞に、ジェロムは敏感に反応した。


「モンディナーロ卿、貴卿は今、村を襲った奴といいましたね。この状況を見て、何故襲撃によるものだと思われたのですか?」


 すると、どうであろう。

 クルザールの面から粘ついた笑みが消え去り、見るからに狼狽した色が全面に浮かび上がってきた。脂だらけの頬や首筋に、文字通りの脂汗が一斉に噴き出しているのが分かる。

 ジェロムが更に追及の一手を加えようとしたその時、背後から別の気配が近づいてきた。


「モンディナーロ卿ではございませんか」


 声の主は、マルセランであった。

 クルザールはマルセランの姿を認めると、まるでほっとしたかのように大きく胸を撫で下ろす仕草を見せた。その様子に、ジェロムは再び自身の記憶をまさぐる。


(そうか、このふたりは)


 本来であれば、マルセランの登場はルゥレーンの騎士であるジェロムにとって、援軍の到来を意味すべきであった。が、相手がクルザールの場合では事情が大きく異なっていた。

 ルゥレーン城域に隣接するエモンラニエ城域の騎士クルザールは、マルセランとは旧知の仲だという話を、ジェロムは随分前から知っていた。しかも家ぐるみの付き合いとまでいうではないか。

 であれば、この局面ではマルセランがどちらに味方するかなど、容易に推察がつく。

 しかしジェロムも、退くつもりはない。

 事は、ルゥレーン伯の領地に対する侵略問題にまで発展しかねないのである。マルセランとクルザールの間柄などで左右されて良い話ではない。


「マルセラン殿、貴卿ならお話もし易いでしょう。どうかモンディナーロ卿に訊いて頂きたいのです。これはどういう内容の支援なのか、と」


 ジェロムはマルセランとクルザールの間柄を、逆に利用しようと考えた。ジェロムのそんな思惑に気づいたのか、マルセランは露骨に不快げな色を見せ、じろりと睨みつけてきた。


「おいジェロム。モンディナーロ卿、ひいてはエモンラニエ伯殿の好意を、貴様は踏みにじるつもりなのか? 一体何様のつもりなのだ?」


 ところが、マルセランのこの応えに猛然と噛みついてきたのは、ジェロムではなかった。いつの間にかミネットが、ジェロムの傍らにまで歩み寄ってきていた。


「それはこっちの台詞よ! マルセラン殿、これのどこをどう見れば、好意だなんていえるのですか!? 村の皆の家を勝手に他の建物に造り変えたりするのが、あなたの目には支援だと映るっていうの!?」

「う、いや、それはその」


 ミネットの剣幕に、マルセランはたじろいだ。

 さすがに、ルゥレーン城内では一目置かれていたパトリスの娘である。

 ジェロムを相手にする時とは勝手が違うのか、それまでの尊大な態度が嘘のように、マルセランはすくみあがってしまっていた。

 最早、マルセランはあてにはならない。

 そう判断したのかどうかは分からないが、今度はクルザールが若干語気を強めて、ミネットの紅潮した面に冷ややか声を浴びせかけた。


「これは心外ですな。我が君の好意をそのように断じられるとは、真に遺憾です」


 しかしミネットは相変わらず、憤怒の眼差しをクルザールに叩きつけている。どちらも全く引き下がる気配がなかった。

 これだけ大声で揉めていると、エモンラニエ兵達も戸惑った様子で手を止めざるを得ない。彼らは次の指示を仰ぐように、クルザールの周囲に集まってきていた。

 いや、集まってきているのはエモンラニエ兵だけではない。

 本来の住人であるバルバラッセル村の生き残りの人々や、ジェロムとマルセランが引き連れてきた救援隊の面々が、この一角にほぼ全員、参集してきている。

 果たして、どういった形で収拾するのが一番良いのか。


(あまり長引くと、変な対立軸が出来てしまいかねないな)


 ジェロムは再度マルセランに視線を走らせた。

 対するマルセランは、明らかに不満げな様子で睨み返してくる。

 いつもならここで目を逸らしてしまうジェロムだったが、この時ばかりは気力を振り絞り、自身を奮い立たせた。


「マルセラン殿とモンディナーロ卿の間柄はこの際、忘れて頂きましょう。今はバルバラッセル村の人々が何を望んでいるかを考えて、行動すべきです」

「貴様、この俺に命令するつもりか!? 不遜だぞ! 立場をわきまえろ!」


 いきり立つマルセランが、長剣の柄に手を伸ばそうとしたその時。

 ひんやりとした冷たい朝の空気を裂いて、鈴の音を思わせる凛とした声が人々の鼓膜を打った。


「では、私が命令します、ジェルキエール卿。可及的速やかにモンディナーロ卿にお帰り願いますよう、村の外までお送りなさい」


 その場に居た全員が、慌てて声の主の方へと振り向いた。誰もが例外なく驚きの相を浮かべ、すっかり硬直してしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る