【短編怪談】音楽室からピアノの音
佐藤莉生
【短編怪談】音楽室からピアノの音
皆さんは学生時代、こんな話を耳にしたことはないだろうか。
「誰もいないはずの音楽室から、夜な夜なピアノを弾く音が聞こえてくる。」
小中高問わず、そのような話は音楽室とグランドピアノがあれば、どこの学校でも自然発生するオーソドックスな怪談である。
ただ、私が聞いた話は「ピアノを弾く音が聞こえる」点は一緒だが、従来の怪談とは少し違っていたのである。
聞いた……というよりかは。
インターネットと書籍の二箇所から情報を仕入れたというべきか。
情報のソースは児童文学作家としての顔も持つ民俗学者・常田航氏著の『学校のおばけ(2)』とオカルト掲示板のスレ『学校の怪談を語りたい暇人ども集まれ!』(2000年7月20日)内の書き込みからである。
*
怪談の主役は元小学校教師の木内さん(80)。
彼は1969年に教員免許を取得して以降、地元の石川県内を転々として、2005年に60歳で定年退職するまで初等教育の最前線に立ち続けた。
定年退職をした現在でも、無償で地域の小学生や中学生に勉強を教えたりしている。教育に対して強い熱意のある方である。
彼が勤務していた中のとある小学校で、当時24歳の木内さんは生まれて初めての「怪異なるもの」に遭遇した。
学校名は伏せるが、彼が晴れて教員となり最初に配属された石川県の某小学校で受け持ったクラスの児童達からこんな噂を耳にする。
「2月10日の夜に誰もいないはずの音楽室から、ピアノを弾く音が聞こえてくるらしいよ。」
正直な所、木内さんはお化けや幽霊といったオカルティックなものを怖いとは思っていなかった。むしろ実在するなら是非会ってみたいとも思っていた。実際、怖い話や不思議な話というのは子供の頃から耳にタコができるほど聞いたことがある。
ピアノの怪異の話を聞いた木内さんは、子供達に対してはさぞ興味がない素振りを見せていたが、心中では面白そうと思っていた。
幸運にも、翌年の1970年2月10日に木内さんが宿直当番として学校に一泊することとなった。これはいい機会だ、噂を確かめてみよう。
内心ウキウキしながら当日を迎えた。
*
夕食を済ませて、暗闇に染まった校舎を見回り始めた木内さん。
音楽室は北校舎3階の一番奥にある。見回りの順路としては一番最後にあたる。
金属製の懐中電灯を片手に、自身が好きな歌謡曲を口ずさみながら呑気に闇の中を進んでいく。ライトの明かりによりコンクリート造の壁や床が不気味に照らされる。
3階に到着し、全ての教室を順繰りに見回って異常がないことと、不審者の存在がないことを確認する。後は奥の音楽室の方だけである。
木内さんの歩く速度が少しだけ上がる。
さて、噂は本当なのだろうか。
目を閉じて両耳の聴力に全神経を注ぐ。
……ロン、ポロロ……
確かに聞こえる、噂じゃなかった。
音楽室へと早足で向かい、合鍵でドアを開けて中へ突入する。ピアノを弾く幽霊は一体どのような姿形をしているのだろう。木内さんの知的好奇心は活性化しきっていた。
そんな期待とは裏腹に、音楽室内はこれといっていい程に目ぼしい変化はなかった。
机と椅子、ベートーヴェンやバッハといった歴史的に名高い音楽家の肖像画が微動だにせず並んでいるだけだ。音が発せられているはずのピアノの蓋も閉じられていた。
だが、ピアノを弾く音はまだ聞こえている。
くぐもっているような音の感じからして、恐らくピアノを弾く音はこの音楽室から発せられてはいない。
「もしかして、隣の音楽準備室から?」
木内さんの予想は当たっていた。
再び合鍵を取り出して音楽準備室の扉を開錠して中に入ると、ピアノの音が先程よりもはっきりと聞こえるようになった。
準備室入口から見て部屋の奥にある、壁に立てかけられた底の浅い長方形状の紙箱。間違いない、あれだ。箱に歩み寄っていくと、ピアノの旋律が徐々に鮮明に聞こえだした。
霞んだ緑色のボール紙製の箱。表面には、
「1963年、朝田先生からの寄贈品」
と手書きで書かれた白地の小さなラベルシールが貼られていた。
この「朝田先生」なる人物に木内さんは心当たりがなかった。それに赴任した当時と過去において、この小学校に勤務していた先生達の中に「朝田」という名前の先生はいなかったので調べる手立てもなかった。
この箱の中には何が入っているのか。
木内さんは使っていない新品の賞状額が入っているのかと最初は思っていたが、違った。
「嘘だろ?こんなこと本当にあるのか?」
B3サイズ程の額に入った複製絵画。
赤みがかった華やかな洋室を背景に描かれているのは白い洋服を着た金髪の少女と、赤い洋服を着た茶髪の少女。両者とも後ろ髪をポニーテール状に結っている。少女は二人とも外国人とみて間違いない。
白い服の少女が木製の茶色のピアノを弾き、赤い服の少女がピアノの上に右肘を乗せ、左手は白い服の少女が座るピアノ椅子の背もたれに添えている。
木製の茶色のピアノが奏でる音色はとても美しく、色鮮やかな花が生けられた花瓶がその上に置かれている。少女達も、ピアノも、素朴な優しいタッチで描かれている。
過去にどこかで見たことがあるような気もする有名な作品の複製品だと思われるが、原画の作家名はおろか題名も分からない。
可愛らしい柔らかな歌声を発する少女と、ピアノを楽しげに弾く少女は自分達を見つめる木内さんに気づいた。目があったので、木内さんは申し訳さなそうに会釈した。
すると絵の中の少女二人はニコッと木内さんに微笑み返し、再び演奏と歌唱を再開した。
「幽霊がピアノを弾いてた……訳ではなく、準備室内に保管されていた、ピアノを弾く少女達の絵が動き出していたって話なんです。意外性があって面白いでしょ?」
見回りを終えた木内さんは安眠効果を促進させるため、その絵を宿直室に持ち帰り、壁に飾って一晩を過ごしたという。少女達の奏でるピアノと歌を聴いて眠りについた。
少女達の絵が2月10日の夜に動き出した理由については、木内さんは特に興味がなかったので調べていないという。「1963年、朝田先生からの寄贈品」という文言においても同様で、謎が解明されないまま現在に至る。
*
最初、私は掲示板にてこの怪談についての書き込みを発見した。
スレに書き込みをしたのは木内さんの孫にあたる男性で後日談として、
「この話が流通している書籍にも紹介されている」「ウチの祖父ちゃんが児童文学作家の常田先生から取材を受けた。優しそうな印象のおじさんだった」
ことをスレ民に紹介した。
その書籍こそが冒頭にて私が紹介した、常田航氏著の『学校のおばけ(2)』である。
この書籍のあとがきにて著者の常田氏が木内さんの元へ取材を伺ったのが1989年と記されているのでネット発のデマである可能性は低く、実話の信憑性は高いと思う。
また、木内さんが勤めていたという小学校も2008年の改築工事を経て現存していた。
ホームページには音楽室内を撮影した写真もあった。小学校中学年くらいの児童達の合唱の授業の様子を撮ったもので、奥の方の壁にぼんやりとではあるが、先述の怪談に登場したものと思われるピアノを弾く少女達の絵が飾られているのを確認できた。
余談だが。
木内さんが言っていた情報と先述の写真に写り込んでいた複製画の見た目を基に、独自でこの絵について調べてみた所、複製絵画の原画と思しき油彩絵画が判明した。
本稿で紹介した現象との繋がりは不明なままではあるが、最後にその油彩絵画について簡単な紹介をして終了とする。
題 名:ピアノに寄る少女たち
作 家:ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841年2月25日-1919年12月3日)・フランス共和国
制作年代:1892年
寸 法:(縦)116cm × (横)90cm
画 材:油彩・キャンバス
所蔵場所:オルセー美術館(フランス共和国・パリ)
《 完 》
【短編怪談】音楽室からピアノの音 佐藤莉生 @riosato241015
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