Re:ヴァース WORLD Overture 『第二楽章』~ゴブリンに捧げるパヴァーヌ~
五十鈴砂子次郎
第1話 ゆったりのんびり逃避行
ジリジリと肌を焼くような、強烈な陽射しが照りつける昼日中。
鬱蒼と茂る木々を掻き分け、道なき道を歩む集団の姿がそこに在った。
人目を忍ぶようにして、ゆっくりと森の中を進むその一団。
その行動自体が怪しげな物であると言うにも関わらず、一団を構成する人員の格好はこれまた随分と珍妙なもの。
一団の先頭に立つのは当然ながら斥候の役目。森の中だと言うのに黒の三つ揃えを着込み、その上から更に場違いなカーキ色の
その後方、少し間を開けて歩くのは大柄な騎士、いやさ戦士。鈍く輝く傷だらけの
戦士の隣、隊列の前方に位置するのだからきっと彼も戦士なのだろうが、そうとは思えぬ優雅な足取りの青年。森の光景に似つかわしい深緑の外套も、彼の典雅な雰囲気を彩る一助としかなり得ない。
一団の歩みを隊列と見るなら、その中頃に位置する彼は癒し手だろうか。中性的な容姿は正に玉の顔の如く、耽美な雰囲気と婉容な
そんな長身な彼の隣に居ると、ふとした瞬間見落としそうになったが一人。
和気藹々と歩く五人を、その後ろから見つめる一人の男性。際どいブーメランパンツにマントを一つと、どこに出しても恥ずかしい変態丸出しな服装。もう少し彼の歩みが遅ければ、不審者として官憲の目に留まる事間違いない。
そんな実に奇妙奇天烈な、仮装行列の如き装いのその一団こそ。
何を隠そう今現在、世界中の話題を掻っ攫って余りある『すちゃらか
「取り敢えず、何処まで逃げれば良いだろうか」
暗澹たる顔つきを隠さず、一行の
主の気落ちぶりを反映してか、普段は厳しく輝いている板金鎧の輝きも、今はどこかくすんで見える程。
とは言えそれも宜なるかな。彼らが人目を忍ぶようにして、こんな森の中を歩いているのはそれ相応の理由があるのだ。
原因は、国の大動脈とも言える街道一つを堰き止めるかのように森を作り出してしまった事と、それに伴い国の食糧庫とも謳われる穀倉地帯の土地を森林に変えた事にある。
無論どちらも不可抗力と言えるのだが、それを証明する為には自ら名乗り出ていかねばならず。
その場合でも良くて罪を減じて無償労働が割り当てられること間違いない為、彼らはこうして逃げているのだ。子供の戯れの一環として、気分はまるで犯罪者、など宣う阿呆も居る者だが、今の彼らは紛う事なき前科者。それも前述の罪に加え、その場から逃走したという罪もある。
無論、彼らの名声を以ってすればどうにか出来る罪状も在りはするのだ。司法取引とは得てしてそんな物であり、されど毎度そんな事をしているから、逐一逃げて余所から功績を積み上げなければならぬのだが。
「このまま国境を越えるのが一番。余所に持って行けば。情状酌量の余地も出る」
故に、アルケからすらそんな物騒な提案が出てしまうのだ。
余所の国に国防上の機密極まりない情報を流すなど、彼らでなくば国際的な犯罪者として指名手配されてしかるべきもの。一度は世界を救っていると言えども擁護できる範囲には限りがある。
尤も世間一般の評判など、気にしているようで気にしていない彼らの事、やるならとっくの昔にやっている。
それで何処か一方に肩入れしたと思われたくないから、そんな手段は使っていないのだ。口に出そうと本気で採択する事は、今後もありはしないだろう。
「面倒だし、近場で良くない?森の中ならどうとでもなるし」
先頭を行くディケイはそもそもこの逃避行自体面倒臭がっている様子で、一人気楽に鼻歌を歌いながらの散策気分。
其処に悲壮さは欠片も無く、何ならその振る舞いは解放感にすら溢れている程。
ここが森の中である事も有るのだろうが、それより人気が無い為に存分に羽を伸ばせているのだろう。普段の三割増しの笑顔が零れている。
「……拠点をまずは探さねば……。捜索隊はどうにでも……クソッ、面倒な……」
泥濘に取られる足を億劫そうに引き上げながら、オッペケぺーがそう独り言ちた。
小柄でありながら一行の中で最重量の運搬物を背負っているのだ、彼が歩くには森の中など不適切極まりなく。足元を注意しながらの行軍に、一層の憤懣が募っているのが見て取れる。
とは言え、不平不満を溢しているのは何も彼だけではない。
ソワラも口には出さぬが森の中に入って以降むくれた顔を隠しはしないし、しばらく前からラルヴァンも同様にしかめっ面が張り付いている。
無論姿を晦ませるためには致し方のない事、そのくらいの分別はついているのだが、そうは言っても根が素直な
流石に迫る国軍を打ち払って直談判、とまでは考えてはいないだろうが、それに近しい事を考えていても可笑しくはない。
「少なくとも、国境沿いまで逃げて来てるんだ。流石にここまでは探しに来ないだろ」
むつくれた顔のまま周囲を見渡しそう嘯くソワラ。実際今回の逃避行に関しては、一行の移動経路を地図上ででも見ない限り捕捉するのは困難極まりない代物だ。
何せ稀少な、それも使い捨て
辺境から内地、それも国境沿い迄目撃される事なく移動する等そうそう出来る事では無く。わざわざ異変の有った辺境から遠く離れた国境沿いに目を向ける程、この国を取り巻く状況は切羽詰まった情勢でもない。
彼らが余程の事を仕出かさぬ限り、見つかる心配は無きに等しいと言えるだろう。
「ま、気の済むまでやれば?……それよりさ、向こうに丁度いい空き地があったから、そこで軽くお昼にしようよ」
話ながらも斥候としての役目は果たしていたのか、それとも単に自らの欲望を優先しただけなのか。どちらであれど腹が空いているのは皆同じ。
なまじ『
嗜好品の類いとまで言い切れる程に逸脱出来ていたのであれば、無意味な事をとディケイの提案が一蹴された可能性も無きにしも非ず。
勿論、彼らにとって食料も水分も未だ生命維持には欠かせぬ要素。何だかんだ走り通し仕事通しな一日であったのだ、ここらで休憩を挟んだ所で誰が文句を言う事も無い。
各々控えめな歓声の声を上げ、待ちに待った休息の時と喜び勇んで藪の中を突き進んだ先。鮮やかな陽の光に照らされたそこには、確かに丁度いい
「……ディケイ、ここは……あれだ、
突如目の前に広がった光景に、呆然と立ち尽くす面々を代表してクリフが斥候に問いかける。何せ藪の中を突っ切った直後にお出しされたのが、未だ方々から煙の細い筋が立ち上がる小さな集落跡と言うのだからそれも当然の反応だろう。
柵の類いは薙ぎ倒され、家屋に関してもおよそ三割は倒壊し炭の類いに取って代わられてしまっている。その様相を見るに、この集落が襲われたのはそう昔でもない様子。
ここで大一番の決戦でも挑んだのだろうか。一際大きな広場には、至る所に剣や槍、弓矢などで付けられたと思われる戦傷が残っていた。
凄惨と言えば凄惨なその有様は、而して死体の一つも残っていないが故にどこか陳腐さを漂わせている。
ある種この世界ではありふれた光景に、一度は面食らった一行もすぐさま態勢を立て直し、既に各々転がる資材をかき分け、手早く昼餉の為の支度を整えていた。
このような深い森の中、身を寄せ合い健気に生き延びようとした者たちが居たのだろう。彼らが確かな
集落の中、微かに漂う焦げ臭さも、今は味を彩る
その判断が間違っていたかは定かでないが、その判断を下さなければ、その後の状況はきっと大きく変わっていた事だろう。
「ん?何か臭くね」
のんびりと昼餉を楽しんで居た一行。
賑やかに談笑する面々、その中でゆるりと頬を緩ませながら、大口を開けて黒パンを頬張っていたソワラが不意に険しい顔をしながらそう尋ねた。
「特には感じないけど……鼻鈍ったんじゃないの」
真っ先に答えたのは斥候であるディケイ。その答えには兄への揶揄いが多分に含まれてはいたが、しかし口調程にその目元は笑ってはいない。
いつの間にか食事の手も笑いも止まり、辺りは不気味な沈黙に包まれていた。
斥候役が否と言ったそれだけで、
確かにディケイの探知を掻い潜るのは彼らであっても至難の技だが、決して不可能な事ではないのだ。
他に出来る者が居ないなど、どうして断定することが出来ようか。
しかし、今回彼の探知に引っ掛からなかったのは、別の理由だったようだ。
がさごそと、いやに大きな音を立てながら藪の中を進んで来た一団。先の見えない暗がりを、我が物顔で突き進むとは何と勇気ある者たちなのか、と言えばそうではなく。
藪を突き抜け出てきたのは緑色の硬質な皮膚を身に纏い、暗がりでも良く見える金壷眼をギョロリと蠢かせる異形。
白く清潔な乱杭歯を併せ持つそれは、紛う事なき『
「こ、ここは私たちの集落です。あなた方は、どちらさまでしょうか?」
先頭に一人立っていた、大柄ながら理知的な眼差しの陽鬼族が一行へ向けて問いかける。
声からして未だ年若い青年だろうか。通常、陽鬼族の族長は壮年と呼べる年代の者が就くことを考えれば、この青年は一族切っての秀才なのだろう。
とは言え一行を前に及び腰な姿勢を見るに、何らかの訳がありそうだ。
「我らは『すちゃらか❘
頷き答えたクリフ、頬にソースを付けたままでは威厳のいの字も有りはしないが、それでも目の前の青年には十分威厳感じられたのだろう。
彼はいやに低姿勢のまま、一行へと声を掛けた。
「それなら、早めに立ち去る方がよろしいかと」
とは言えその内実は随分な物の言い様で、へりくだった姿勢からは想像も出来ない程つっけんどんな言い方であった。
「長居されては都合が悪い、と?」
牽制とまでは言わぬ、あくまで探りの一端であったクリフの言に、しかして青年は挙動不審な様子を見せる。
「い、いえ。そう言う訳では。……この集落は見ての通りの状態、長居するにも居心地も悪いでしょうから」
しどろもどろの返答に、これは怪しいと一行の鼻が事件の匂いを嗅ぎ付けた。
無論だからと言って誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けて回るつもりも毛頭無いが、この怪しい青年を放置しておく必要もない。
故に腰を据えての詰問に移ろうとクリフが座り直したその直後、思わぬ方向から掣肘が掛かる。
「時間切れかなリーダーさん。八時の方向から別の集団が向かって来ているよ」
声の出所は既に弓に矢を番え終わったディケイ。引き絞られた矢の照準は、ピタリと後方の森へ向けられている。
気付けば森はまだ見ぬ脅威に怯えるかのように静まり返り、鳥の声も木々の囀りも遠い彼方。
攻撃に先んじて放たれたディケイの威圧を物ともせず、隠然としながらも隠しきれぬ醜悪さを伴った、敵意の波濤が押し寄せる。
事此処に至って衝突は避けられないと判断した一行が、ようやく重い腰を上げようとしたその瞬間。
「お、お逃げ下さい!ここから先はあなた方には関係のない話。わ、私が時間を稼ぎますから、どうかお早く!」
だんだんと迫りくる気配の主に対するように、陽鬼族の青年が一同の前へと躍り出た。
徒手空拳と言えば聞こえはいいが実態は只武器を持たぬだけの手の平と、武者震いとは言い難い怯懦に震えるその身体。呂律すら回らぬ程であると言うのに、その視線は迫りくる困難から離れもしない。
英雄的行動と言えなくもないが、あくまでも蛮勇の域を出ないその行動に、付き従っていた陽鬼族の群れから抑えきれぬ悲鳴が零れる。
「お前たちはその方々を森の外に案内しなさい。……出来れば、そのまま森の状況を外の方に伝えて欲しい。これは、この森だけの問題ではありません。今こそ我々が『陽鬼族』として分け隔てられたその本懐を全うする時……皆の武運を、祈っています」
振り返る様子もなく言い放たれたその言葉は先の震え声とは打って変わって静かに凪いだ湖面の様で、それはある種の開悟に至った僧侶のような声音であった。
既に森の木々の隙間から覗く黒い影が、此方側からもはっきりと輪郭を結ぶ程の距離へと近付いている。
「申し訳ありません外の方、私たちの諍いにあなた方を巻き込んでしまった事は謝罪させていただきます。ですが、叶うならば皆を森の外まで案内していただけないでしょうか。謝礼は少ないですが、皆の持つ食料と金子でどうか、どうかお願いいたします。……彼らを守って頂けるのなら、これらの
遜った物の言い様。腰の低さは邂逅当初と変わりは無いが、その芯の強さは比べるべくもない程に固い。
況や体中に巻き付け始めた呪文書の文面を見るに、その
その背に抱えた悲壮感は、使命感は。実に英雄的で、滑稽であった。
「……気に食わないなぁ」
故に、彼がそう呟いたのも当然だ。常に恵まれて生きてきた彼が、誰かに
詰まる所、不埒者がその顔を日差しの前へと曝け出すその前に闇の中へと逆戻りさせられたのは、詰まらない八つ当たりの結果なのである。
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