クリスマスの歌声

AYANA

第1話

初めて君を知ったのは、私がまだ十四歳の時だったね。その頃の私は失意のどん底にいて、もう恋なんてしたくないなって思っていたんだよ。


「おはよう!理子!」

「あっ・・・おはよう!小春。」

十二月・・・寒くて、寒くて大嫌いな季節。毎朝、布団から出たくなくて、無理矢理体をたたき起こして学校に来る。

「今日さ、部活休まない?」

私は親友の小春にそう言った。

「出た。理子の怠け。」

「だって、寒いんだもん。行きたくないよ。」

「でもさ、出ないと後で色々言われるし。」

「まぁ・・・そうだけど。」

「・・・最近やる気ないね。」

「・・・うん。だって寒いんだもん。」

「・・・本当にそれだけ?」

小春は鋭くそう言った。

「・・・まぁ・・・。」

そう・・・私がここ最近、やる気を失っているには理由がある。

「・・・啓介の事?」

「・・・いや・・・もうそれは良いって言うか・・・。」

「吉田さんと上手くいっているんだ。」

小春は残念そうに言った。

「そうみたいだね・・・。」

そう・・・その理由は、最近失恋した事にあった。

ずっと片思いしていたクラスメイトの啓介に彼女が出来たのは、一か月前。相手は同じ部活の吉田さんだった。

二人は同じバスケ部という事もあって、部活中も仲良く喋っている。最近はそれを見るのも慣れてきたけど、やっぱり時々苦しい時もあった。

「もう少しの辛抱だよ。」

小春は優しくそう言った。

「・・・うん。」

私は小春の言葉に頷いて、前を向いた。


誰かが言っていた。恋を忘れるには、新しい恋をするしかないって。でも、今の私に新しい恋が訪れる気配もなくて、気持ちはいつだって啓介にあった。でも啓介が吉田さんを好きだって事は見ていて分かる。二人で楽しそうに笑っている姿は本当に幸せそうで、私なんか出る幕はないって素直に思う。

けれど気持ちはそれに追いついてこなくて・・・。教室で啓介が笑っていると、つい見てしまう自分がいる。話しかけられると嬉しくなる自分がいる。それってまだ・・・好きって事だよね。


「はぁ・・・。」

放課後、私はため息を着きながら体育館へとやってきた。

「ちょっとあんまりため息ついていると幸せ逃げていくよ。」

ジャージ姿の小春が私の肩を叩きながら言った。

「分かっているよ。」

私はバスケットボールを両手で持って、もう一度ため息をついた。

「早く着替えておいで。」

「うん・・・。」

私はそう言うと、小春にボールをパスして、部室へと急いだ。

「・・・あの。」

部室から出ると、隣のクラスの田崎君に声を掛けられた。

「・・・はい。」

私は急に呼び止められた事に驚いて、小さく声を出した。

「あの・・・今日、部活の後、ちょっと時間いいかな。」

「えっ・・・。」

「部活終わったら、体育館の裏で待っているから。」

「あっ・・・はい。」

私は急な事にビックリして、田崎君が立ち去ったその後もその場に立ち尽くしていた。

えっ・・・何?どういう事・・・?


「・・・えっ・・・待っているって言われたの?」

私は状況を整理する為にすぐに小春にさっきの事を話した。

「うん・・・。」

私と小春はパスの練習をしながら小さい声で話し続けた。

「それって告白じゃん!」

「・・・そうなのかな・・・。」

「そうだよ!だって、田崎君、サッカー部でしょ?わざわざ体育館に来たって事はそういう事じゃん!」

「・・・いやぁ・・・でもあんまり知らないって言うか・・・。」

「理子、知らないの?田崎君、けっこう人気あるんだよ。」

「そうなの?」

「そうだよ!だってサッカー部の副キャプテンだよ。顔もかっこいいし。」

「そうだったんだ・・・。」

「いい?理子、これはチャンスだよ。」

「チャンス?」

「うん。啓介を忘れる為のチャンス。もうさ、啓介は吉田さんとラブラブなんだから、理子は新しい恋しないと。」

「・・・そうだよね。」

私はそう言いながら、ふと辺りを見ると、今日も吉田さんと啓介は楽しそうに話していた。

「・・・良かったじゃん。」

「・・・えっ?」

「絶対に付き合った方がいいよ。田崎君、性格もいいって評判だし。理子と合うと思う。」

「小春・・・。」

「まぁ・・・付き合って嫌だったら別れればいいだけじゃん。もう少しでクリスマスだし、ねっ?」

「・・・そうだね。うん。もし告白されたら付き合ってみようかな。」

「うん!あぁ・・・いいなぁ・・・。彼氏、羨ましい。」

「頑張ってみるよ。」

「うん!」

私は小春の言葉に後押しされて、もしも告白されたら田崎君と付き合ってみようと思った。

でもその選択が・・・今となっては大正解だった事は・・・その時はまだ知らなかった。


「俺と付き合って下さい。」

人のいない、体育館の裏で、私は人生初めての告白を受けた。

「・・・はい。」

「・・・えっ?いいの?」

私の返事に田崎君は驚いた様子で私を見た。

「・・・いや・・・正直、田崎君の事よく知らないんだ。でも・・・これから知っていけたらって思います。」

私は正直にそう言った。

「・・・マジで?いや・・・絶対に振られると思っていたから、やばい・・・超嬉しい。」

「あの・・・でも一つ聞いていい?」

「・・・うん?」

「どうして・・・私なの?だって同じクラスになった事もないし、部活も全然違うし。」

「うん・・・。あぁ・・・はずいな。」

田崎君は頭を搔きながら言った。

「うん?」

「・・・いや・・・前に全国テストあったじゃん。ほら・・・高校に行って一斉に受けるやつ。」

「あぁ・・・受験対策の。」

「うん。あの時、広瀬さんの事見かけたんだ。それで・・・何ていうのかな。広瀬さんだけ、俺には違って見えた。」

「・・・違って?」

「うん。何ていうんだろう。とにかく周りの人と違って見えた。それから、何だか気になっちゃって・・・。」

「・・・そうなんだ・・・。」

「まぁ・・・何だろう。一目ぼれみたいな感じなのかな。だから理由なんてないんだ。直感?みたいな。」

田崎君は恥ずかしそうに言った。

「そっか・・・。分かった。でもそう言ってもらえて嬉しい。あの・・・これからよろしくお願いします。」

「はい。こちらこそ。」

私達はお互いに小さく笑いあって、初めての会話を交わした。

真っ暗な体育館裏には冷たい北風が吹いて・・・ちっともロマンチックではなかったけど、それでも・・・この日をきっと私は忘れる事はないだろう。


「おめでとう~!」

翌日、朝から小春が笑顔で駆け寄ってきた。

「おはよう。ありがとう。」

「付き合う事にしたんでしょ?」

「うん。」

「良かったね。本当に嬉しい。」

「小春・・・。」

「それで?ラインとかもうしているの?」

「うん。昨日の夜、ラインしたよ。」

私はスマホを手にしていった。

「いいなぁ!なんて?なんてしたの?」

「いやぁ・・・ただの世間話だよ。」

「なにそれ!でも何話しても楽しいよね。いい時期だ。」

「そうだね。」

私は笑顔で言った。

そう・・・昨日あれから、一緒に帰って、ラインを交換した。

ご飯を食べ終わると早速、田崎君からラインが来ていて他愛のないやり取りをした。でも・・・その何でもないやりとりがとても楽しくて、気が付けばすっかり深夜になっていた。

「いい人でしょ?」

小春は自慢げに言った。

「うん。いい人だった。喋りやすい。」

「そうなの。田崎君、同じクラスの時も優しかったの。穏やかだし、それでいてしっかりしていて、頼りがいあるし。」

「うん。分かる気がする。」

「でも、付き合った事、あまり公にしない方がいいかも。人気あるから、やっかみもあるよ。きっと・・・。」

「・・・そっか・・・。」

私は小春にそう言われた瞬間に、啓介と吉田さんが付き合った日の事を思い出した。そう・・・その噂を聞いた時、私は足元から崩れ落ちそうだった。まさか啓介に彼女が出来るなんて夢にも思っていなかったから・・・。

「まぁでも・・・そのうち広まっちゃうと思うけどね。」

「うん・・・。」

私は多少の恐怖を感じながらも、そっと学校に向かって歩みを進めた。


「ねぇ・・・田崎君と付き合っているって本当?」

数日後、案の定私は、テニス部の女子に呼び出された。

「・・・うん。」

「好きだったの?」

「・・・いや・・・何て言うか・・・。」

私は好きだったから付き合ったんじゃなくて、告白されて、啓介を忘れる為に田崎君と付き合った事に少しだけ負い目を感じた。

「別れてよ。」

「・・・えっ?」

「私・・・ずっと好きだったんだから。」

校舎裏で、その女の子は私を睨みながら言った。 

冷たい風が吹いて・・・何だかすごく胸が苦しくなった。

「・・・ごめん。出来ない。」

「何で?噂で聞いたけど、あんた啓介の事が好きだったんでしょ?自分が振られたからってずるいよ。私はずっと田崎君の事だけ見ていたのに・・・。」

「そうだよ。」

周りの女子も私を睨みつけて言った。

「・・・ごめん。」

私はそれ以上何も言えなくて・・・走ってその場から逃げた。

だって・・・気持ちは分かるから・・・。彼女がどんな気持ちでそんな事を言ったのか分かるから。


「やっぱりねぇ・・・。」

小春に呼び出された事を報告すると、大きくため息をつきながらそう言った。

「別れた方がいいのかな・・・。」

私は空を見つめながら言った。

「理子の気持ちは?」

「えっ?」

「田崎君の事・・・どう思っているの?」

「うん・・・。」

付き合って数日、毎日ラインでやり取りしていた。他愛のない事を話すだけだけど、楽しくて、寝不足になる事も多かった。学校では廊下ですれ違うと必ず目があって・・・笑ってくれる田崎君を見ると安心した。それに・・・気が付けば、啓介の事を思い出す事が減ったように思う。もちろん、同じクラスだから、完全に見ないという事はないにしても・・・前よりは吉田さんと話している所を見ても動揺しなくなった自分がいた。

「・・・啓介の事・・・前より意識しなくなったかも・・・。」

「うん。」

「田崎君の事・・・もっと知りたいって今は思う。だから・・・。」

「うん。いいんだよ。別れる事ないよ。だって、田崎君は理子を選んだんだから・・・。もしも二人が別れても、テニス部の子と付き合う事はないと思うよ。だったら理子が田崎君を大事にしたらいいと思う。それがその子が報われる一番の方法だよ。」

小春は優しくそう言うと、その大人びた発言に私は救われた。

「そうだね。せっかく見つけた新しい恋。大切にしてみる。」

私は笑顔でそう言うと、小春も嬉しそうに笑ってくれた。


「広瀬さん、今日帰れる?」

部活へ行くと途中、田崎君が嬉しそうに駆け寄ってきた。

「うん。大丈夫だよ。」

「じゃあ、校門で待っている。」

「うん。」

私は田崎君の誘いにドキドキしながらも喜びを感じていた。

告白されてから・・・一緒に帰るのはこれで二度目。

どうしよう・・・ドキドキするよ。


「お待たせ!」

真っ暗な校門に田崎君は一人私の事を待っていてくれた。

「バスケ部遅いね。」

田崎君が笑いながら言った。

「体育館だから、いつまでも明るいからね。サッカー部はボール見えなくなっちゃうもんね。」

「そうなんだよ。じゃあ行こうか。」

「うん。」

私と田崎君は並んで歩き出した。すると、周りの生徒達がざわざわと噂をしているようだった。

「噂になっちゃっているね。」

「本当だ。気にする?俺は全然いいけど。むしろ、サッカー部の連中には嬉しすぎて自分から言っちゃったし。」

田崎君は嬉しそうにそう言った。

「そうだったんだ。」

「でも、広瀬さんと付き合ってから、三人?くらいに告白された。」

田崎君は苦笑いしながら言った。

「もしかして・・・テニス部の子もいた?」

「うん。いたよ。ずっと好きだったって言われた。でも・・・しょうがないよな。俺は広瀬さんが好きなんだから。」

「田崎君・・・。」

私は田崎君の言葉を嬉しく思った。それと同時に・・・テニス部のあの子が彼に告白していた事を少しだけ羨ましく感じた。

「勇気あるよね。彼女いて告白するなんて。」

私は尊敬の意も込めてそう言った。

「そうだよな。」

「・・・えらいな・・・。」

「えっ?」

「いや・・・。」

私は嫉妬の気持ちよりも・・・自分の勇気のなさに少し落ち込んだ。

私もちゃんと告白すれば良かったかな。告白すれば・・・田崎君を利用しているとかそういう気持ちもなかったかもしれない。ちゃんと啓介に対しての気持ちが整理出来たかもしれなかったのに。


「クリスマスさ・・・。」

私が落ち込んでいると、そんな様子をお構いなしに田崎君が言った。

「えっ?」

「クリスマス、一緒に過ごそう。デートしようよ。」

真っ暗な用水路沿いで・・・田崎君は輝く笑顔でそう言った。

「クリスマス?」

「うん。一緒にいたいんだ。広瀬さんと。何か予定ある?」

「ないよ・・・。大丈夫!」

「やった!」

「・・・田崎君。」

「今日はデートの約束をしたくて、誘ったんだ。」

「そう・・・だったんだ。」

「うん。だから良かった。詳しい事はまた近くなったら決めよう!」

「うん・・・。」

私は田崎君の誘いを嬉しく思ったが、心の中は少しだけ複雑だった。

だって・・・私はたまたま田崎君の目について好きになってもらえただけ。それで、泣いている子もいっぱいいる。それに・・・啓介に対しても、私は何も出来なかった。彼女がいたって、告白する事だって出来たのに。何もしていないのに・・・田崎君と付き合えた私・・・。小春の言う通り、大切にすればそれでいいのかもしれないけど・・・。

十四歳の冬・・・。私は自分の気持ちと、周りの気持ちをまだ上手く整理出来なくて・・・。ラッキーな自分をいつの間にか責めるようになっていた。


「お待たせ!」

「うん・・・。」

十二月二十五日。クリスマスの日。私と田崎君は校門の前で待ち合わせをした。

「寒いね。」

「本当、寒いね。」

田崎君の部活があったので、待ち合わせは夜だった。

私と田崎君は真っ暗な校舎を前に、自転車を転がしながら、歩き出した。

「ご飯食べた?」

「軽く食べたよ。ご馳走だった。」

私はお母さんが用意してくれた、ご馳走を思い浮かべながら言った。

「俺も。部活の後だったからもう、お腹空きすぎて、めっちゃ食べてきた。」

「チキン?」

「いや、うちは昨日クリスマスやったから、今日はカレーだったよ。」

「へぇ・・・。」

「広瀬さんの家は今日がクリスマス?」

「うん。そう。チキン食べた。」

「うまいよな。」

「うん。」

私達は他愛のない話をしながら、真っ暗な夜道を歩き続けた。

「どこ行く?」

私は寒空の下、田崎君に問いかけた。

「うん。じゃあ俺に着いてきて。」

田崎君は嬉しそうにそう言うと、自転車にまたがって走り始めた。

「うん・・・。」

私は言われるがままに田崎君の背中を追いかけた。


「ここ・・・?」

「うん。」

着いた場所は、学区内で一番大きいマンションの前だった。

「上に登ると夜景が綺麗なんだ。広瀬さんと一緒に来たくて。」

田崎君は自転車置き場に自転車を止めながら言った。

「でも、ここの住人しか入れないんじゃない?」

「大丈夫。こっち。」

自転車を止めると、田崎君は私の事を誘導しながら、ロビーの前にあるインターホンの所で立ち止まった。そして、慣れた様子でインターホンに数字を入れた。

「・・・はい。」

「おう、達也。俺、田崎。」

「何?クリスマスに。俺と過ごしたいの?」

田崎君の友達はインターホン越しにふざけてそう言った。

「馬鹿。何が悲しくて、クリスマスにお前に会いに来るんだよ。」

「冗談だよ。」

「今、広瀬さんと一緒なんだ。開けてくれよ。」

「分かったよ。」

達也君はそう言うと、ロビーに続く自動ドアがグイーンと音を立てて開いた。

「サンキュ。」

「一つ貸しな。」

「おう!」

二人はそこで会話を終わらすと、田崎君は慣れた様子で自動ドアの中へと入って行った。

「広瀬さんも。」

「うん。」

私達は静かなロビーを抜けて、がらんとしたマンションの中に入ると、そのままエレベーターの所まで歩いた。

「ここさ、前に達也に紹介してもらったんだ。その時は男二人で夜景見たんだけど、いつか広瀬さんとも来たかったんだよね。」

田崎君は嬉しそうにそう言うと、私は胸がキュンと痛くなった。

いつでもそう・・・田崎君は出会った時から優しかった。そしていつでも私の気持ちを考えてくれていた。

そんな優しい人に・・・なんで自分が好かれたのかは分からないけど、それでも・・・もういいのかな。テニス部の子の事も、啓介の事も・・・。もう自分を責めるのはやめて、このまま彼と一緒に未来を見たいな。せっかく付き合えたんだもん。これからも一緒にいたい。私は田崎君の背中を見ながら、素直にそう思う事が出来た。


「誰もいないね。」

「うん。」

エレベーターに乗ると、中は更にシンとしていた。

「十五階。っと・・・。」

田崎君は慣れた手つきでエレベーターの最上階のボタンを押すと、私達だけを乗せたエレベーターはどんどんと上に向かって上がって行った。


「うわぁ・・・。」

最上階に着くと、そこにはキラキラ輝く夜景がどこまでも広がっていた。

「綺麗でしょ?」

はしゃぐ私を見て、田崎君が嬉しそうに言った。

「うん・・・。あっ・・・あれ大宮駅周辺かな。新都心も見えるね。」

「あっちはイルミネーションもすごいだろうね。」

「ねっ。でも、高い所じゃなきゃ全部見られないもんね。ラッキーだね。」

私は笑って言った。

北風が吹いて寒いけど・・・眼下にはキラキラ輝く夜景が広がって・・・空には星が輝いて・・・。それに何よりも・・・隣には田崎君がいる。

二人で並んでいるから・・・距離が近くてドキドキするけど、なんて言うのかな。心地良くて暖かい。


「・・・音楽聞かない?」

田崎君はそう言うとポケットからスマホを出して、イヤホンをつけた。

「はい。こっち、広瀬さんの。」

田崎君はそう言うと、イヤホンの片方を私に渡してくれた。

そして、瞳を閉じて、耳を澄ますと・・・今流行のクリスマスソングが耳の中に心地良く流れた。


恋人達のクリスマス。切なくて、温かくて・・・胸が苦しくなるような歌詞に、胸がキュンとなった。

横を見ると、田崎君も夜景を見ながら、音楽に耳を傾けていた。

あぁ・・・何だろう。この気持ち。もっとそばにいたい。触れたい・・・。素直にそう思った。

そう思ったのと同時に・・・田崎君も私の方を見て・・・音楽がサビに入るのと同時に私は瞳を閉じた。

そして、田崎君の温かい唇のぬくもりが私に伝わると、私の心臓はドキドキして飛び出しそうになった。

初めてのキス・・・。クリスマスの歌声と共に重ねた唇。

私達は見つめ合うと、田崎君は恥ずかしそうに笑ってくれた。

「やばい・・・。」

「私もやばい・・・。」

私達はイヤホンを外して、真っ赤な顔をして、笑いあった。

「俺、初めて。」

「私も・・・。」

「いやぁ・・・やばい。マジではずい。」

「うん・・・。」

私達は照れ笑いしながら、その場に気まずい空気が流れていくのを感じた。でも、その空気が私は全然嫌じゃなかった。

「恥ずかしついでにこれ・・・。」

田崎君はそう言うとポケットから何かを取り出すと私に渡した。

「プレゼント?」

「うん。」

「ありがとう。」

私は田崎君から小さい箱を受け取ると、ドキドキしながらそっと箱を開けた。

「可愛い・・・。」

その中には、「R」の文字のネックレスが入っていた。

「理子のR?」

私は箱からネックレスを取り出して言った。

「そう。広瀬さんに似合いそうだと思って。」

「可愛い。ありがとう。」

私はお礼を言うと、そっとネックレスをつけてみた。

「どう?」

「うん。可愛い。やっぱり似合う。」

「ありがとう。大切にする。それと・・私も。」

私はそう言うと、カバンの中から今日の為に準備をしたプレゼントを田崎君に手渡した。

「帽子?」

「うん。冬にいいかなって思って。」

「ありがとう。」

田崎君はそう言うと、そっとニット帽を被って笑って見せた。

「良く似合っている。」 

「ありがとう。大切にする。」

冷たい風の吹くマンションの最上階で・・・私達はほほ笑み合うと、私はその瞬間にとても心が温かくなるのを感じた。


あぁ・・・これでいいんだ。やっぱりいいんだ。今、感じた事が全てなんだ。私・・・田崎君が好き。だってさっきキスをした時、全然嫌じゃなかった。むしろ、もっと田崎君に触れていたい。そう思った。それって・・・好きって事だよね。こんな風に・・・後だしじゃんけんみたいだけど、人を好きになってもいいんだよね。二人がこういう出会いを選んだだけ・・・だよね。だからもう・・・他の人の事は気にしないで、田崎君との今を大事にしよう。素直にそう思う事が出来た。


「広瀬さん、今日ケーキ食べた?」

「ううん。まだ。」

「じゃあさ、コンビニ行こう。俺、二百円しか持ってないけど、広瀬さんお金ある?」

「うん。私・・・今日は百二十円あるよ。」

「よっしゃ!ケーキ一つは買えるね!半分こしよう!」

「うん!」

私達はそんな会話を交わすと、手を繋いで、マンションのエレベーターまで温かいぬくもりを感じながら歩き出した。


終わり



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クリスマスの歌声 AYANA @ayana1020

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