第2話

高坂さんの所の仕事が終わった後は緊急依頼の不用品回収に向かう。


俺の予想した通り、依頼者はトンチンカンな非常識だった。



そもそも不用品の回収を即日で依頼して、未沙部長が申し訳なさそうに頼んでくる客なんて、おかしなやつに決まっていたので俺はさほど驚かずにトラックで待たせていた湯崎の所に戻る。



「私も頭、下げますか?」


「いや、そんなことしなくて良いよ。

それよりここ、時間かかっちゃいそうだから

未沙部長に電話しといてくれる?」


「ごめんなさい、私が駐車失敗したから……」


「いや、あの人は多分そもそもが、ああいう人だから。


むしろ、軽トラ運転するお嬢様かわいいじゃん。

写真撮ったから後で部署チャットで共有するわ」



免許持ってるっていうから試しに運転させてみたら、そこそこ上手かった。


駐車はそもそも線がないしミスってもない。



湯崎があんまり落ち込むと俺が後で怒られるので、そんなにしんみりしないでほしい。



「それで?君より偉い人はちゃんとくるの?」


「いや、この会社の不用品回収等での現場責任者は私です。

部下がご迷惑をおかけしました」




頭下げるのは負けじゃないって、陽くんから教わった。



『いいか、一朔。

この世には戦う必要のない雑魚が山ほどいる。


そんなのに本気になるくらいなら、勝ち譲って徳を積んどけ』




俺が泣き崩れた時に陽くんが言ってくれた言葉だ。





「あっ、矢木さん、どうでしたか?!」


「全然問題ないよ」


「でも、めっちゃ謝ってるの見てました……」


「あの人、色んな物件の賃貸運用してお金稼いでるらしいから、それの片付けの契約こぎつけてた」



驚く湯崎に俺は吹いた。


こいつ、表情豊かすぎる。

陽くんが好きそう。



「湯崎の数字にして良いよ」


「えっ、いや、私座ってただけです!」


「湯崎が駐車したおかげじゃん。

てなわけで、あんまり気にすんな。


そのまま運転して、本社戻れる?」



湯崎は小さく頷いてマニュアルの軽トラを運転する。


小さい体で一生懸命なのが可愛くて俺は携帯を連写した。



「撮らないでくださいよ!」


「え、なんで。可愛いんだから良いじゃん」



湯崎の目が俺を見る。


危なすぎるので、前を見るようにお願いした。



本社に戻ると未沙部長に謝られてから褒められる。


湯崎はツナギを着替えて、俺に小さく頭を下げた。



それから二週間、俺は湯崎の研修を担当した。


湯崎は自分で軽トラを運転し、障子張りで大貢献を見せてくれたし、家事班への仕事を三つも取っていた。



「どう?このみちゃんは」



未沙部長に報告書を提出した時になぜか楽しそうに聞いてくる。



「どう、って……。

毎日報告してる通りだけど」


「いや、なんかあるでしょ!

こう……、このみちゃんに対する感情!」


「……あぁ、昨日髪切ったとか?」



ちょうどミーティングから戻ってきた湯崎を見るとばったり目が合う。


アワアワする湯崎に俺はまた笑う。



「湯崎、髪型似合ってる」



大きな声でそう言うと、飲んでいたお茶を慌てて口から離した。


なぜか未沙部長が更にニヤニヤする。



「え?なにニヤニヤしてんの?」


「私、矢木くんは陽様と並ぶくらい罪な男だと思うわ」


「陽くんと並ぶとか全女性社員に殺されるわ」


「陽様をくん付で呼んでマウント取るな」



席について落ち着いた湯崎に今日の外回りの表を渡す。


湯崎はコクコク頷いて、ペンで必要事項を書き込む。



「湯崎、字も綺麗だなー。なんでも出来て羨ましいわ」



俺の言葉に、またコクコクとだけ頷いて更衣室に向かっていく。



俺は軽トラの鍵を持って、挨拶をし、執務室から出て、更衣室の近くで湯崎を待つ。



「お待たせしましたっ!」


「全然待ってないよ。

着替えるのも早くて素晴らしい」



着替えが早い奴は男女問わず仕事ができるって、未沙部長が酔っ払うといつも言っている。



「いつも待っててくれて、ありがたいです」


「なんでよ普通でしょ」


「矢木さんにとっては普通でも、私にとっては特別なことなんです!」



俺のことを見上げて言う。


被った帽子が微妙にズレていたので被せ直すとまた慌てる。

そんな湯崎を見て俺はまた笑った。


◇◆


一通り仕事が終わり、湯崎の研修が全部終わった。


俺と湯崎と未沙部長の三人で、活動報告ミーティングというのを行う。



そんなのは言い訳で、ぶっちゃけた話ほぼ雑談だ。



「じゃあ来週からこのみちゃんには正式に営業に行ってもらうけど、なんか言っておきたいことある?」



そんなのないだろ、と思い横を見るとポロポロ泣いている湯崎。


俺はギョッとして未沙部長を見る。



「え、ちょっと待て、湯崎。

お前そんなに毎日辛い思いしてたの?


ごめん未沙部長、俺マジでハラスメントとかしてない、……いや、した覚えはない……あれ、でもそれって被害者の方が言ったら、」



「……矢木さんと離れたくないです」



涙を拭きながらそう言う湯崎に俺は更に驚いてしまう。


未沙部長を見ると、笑いを堪えるのに必死だ。



「最初は矢木さんって怖い人なのかなって思ったら、めちゃくちゃ優しくて……。

優しいどころか、かっこよくて……。

毎日一緒に働くうちに、どんどん好きになってました」



涙を溢しながら語る湯崎に俺は持ってたハンカチを渡す。


すると、なぜか更に涙を流す。



「いや……湯崎……?

離れるっつっても、事業部同じだし俺ほぼ毎日本社に来てるだろ?」


「でもっ!

二週間、労働時間中ほとんど一緒だったのに全然一緒じゃなくなっちゃう!」


「わかったわかった、ドラレコの動画送るよ」



「そういうことじゃないいぃぃい」



未沙部長は笑いを堪えてから、憐れむような表情で湯崎のことを見る。



「そうだね、湯崎。寂しいね。


そんな湯崎が今後の矢木のためにできる仕事はなんだと思う?」



「良い仕事をたくさん取ってきます!!」



「うんっ!よく言った!!!」



未沙部長は立ち上がり、「あとは二人で引き継ぎやって」と部屋を出ていく。


いや、引き継ぎも何も、俺こいつに話すことないけどな……。


だけど、湯崎は俺のことを涙で濡れた目で見つめてきている。



「……湯崎なら、どこ行っても良い仕事すると思うから」


「返事聞きたいです」



……へんじ?


俺がハテナを頭に浮かべていると湯崎はまた涙を流し始める。



「告白したのに……!」


「……え?今の告白だったの?」


「好きって言ったのに!」



全然気づかなかった……!



「だって湯崎って陽くんが好きじゃん」


「社長は憧れでっ……!

矢木さんのことは、その……っ!


憧れよりもう少し、恋愛っぽい感じで好きです!」



高校は工業高校、そのあとは解体屋に就職、

母親はシングルで働き詰め、まともに会話したことのある女性が歳の離れた妹しかいない俺は告白らしい告白をされたのは初めてだった。


もっと端的にいうと、ろくでもない恋愛しかしてこなかった。



「……告白は、めちゃくちゃ嬉しい」


「はいっ!」


「でも今はミーティング中だし、湯崎のことは後輩としか、」



どんどん泣きそうになる湯崎を見て、俺は慌てて手を前に出して静止する。



「飯に行こう、まず!

仕事じゃなくて!なっ!!」



俺らしくもなく大きな声が出て、嬉しそうに頷く湯崎に、俺も多分頬が赤くなってたと思う。




**




「未沙部長、湯崎さんの成績新卒トップです」


「……社員には恋愛を促進しようかな」







2021.07.07

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋なんて転がってる 斗花 @touka_lalala

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説