第18話 次世代への継承

新しい世界が安定してから、半年。 大きな変化が起き始めていた。

それは、子供たちの進化だった。

真理子は、小学校でボランティア教師をしている時に その変化を目の当たりにした。

7歳の太郎君が、教室の机に向かって 真剣に話しかけている。

「机さん、今日も勉強を支えてくれてありがとう」 「僕、がんばって勉強するね」

すると、木製の机から温かな波動が返ってくる。 太郎君は嬉しそうに微笑んで、勉強に取り組む。

他の子供たちも同様だった。

花子ちゃんは、鉛筆と相談しながら絵を描いている。 「どんな色がいいかな?」 鉛筆が最適な色を教えてくれる。

次郎君は、校庭の木と友達になって、 木登りの最適なルートを教わっている。

「子供たちの能力が、格段に向上してる」

真理子は、他の教師たちと驚きを共有していた。

「学習効率、創造性、問題解決能力—— すべてが飛躍的に伸びてる」

理由は明らかだった。 子供たちは、すべての存在を教師として 学んでいるのだ。

健一の研究室では、さらに驚くべき現象が起きていた。

高校生の研究体験プログラムに参加した 17歳の田中美咲さんが、 実験器具と完全に同期した実験を行っている。

「今日は何を調べましょうか?」

美咲さんが顕微鏡に問いかけると、 顕微鏡が自動的に最適な標本を選択し、 最適な倍率で映し出す。

そして、美咲さんは標本の「声」を聞いて、 その性質や特徴を理解していく。

「これまでの科学教育は何だったんだろう」

健一は考え込んでいた。

「観察と実験で仮説を立てる」 「でも、直接対話すれば、すぐに答えがわかる」

もちろん、論理的思考や検証のプロセスは 依然として重要だった。

しかし、研究の出発点が 全く変わってしまったのだ。

誠司の家では、三世代が同居するようになっていた。

妻の母親、82歳のおばあちゃんが 最近同居を始めたのだ。

最初は、新しい世界の変化についていけず、 戸惑っていた。

「石や木が話すなんて、信じられない」

しかし、孫の由美子が優しく案内してくれた。

「おばあちゃん、手のひらをお花に向けてみて」 「そっと、心を開いてね」

半信半疑で手をかざすおばあちゃん。 最初は何も感じなかった。

でも、由美子が一緒に手を重ねると——

「あ...」

微かに、花からの温かな波動を感じた。

「本当に...感じる」

その日から、おばあちゃんも 少しずつ新しい世界に馴染んでいった。

そして気づいたことは、 昔の人の方が、実は敏感だったということ。

「昔は、よく植物に話しかけてたのよ」 「『大きくなってね』って」 「でも、大人になって忘れてしまった」

子供たちが、大人たちに 忘れていた能力を思い出させてくれている。

世界各地でも、同様の現象が起きていた。

フィンランドの学校では、 子供たちが森の木々と協力して 環境保護プロジェクトを進めている。

木々が「ここに新しい苗を植えて」 「この土壌には栄養が足りない」 などの具体的なアドバイスをしてくれる。

ケニアでは、子供たちが動物たちと対話して 野生動物保護に取り組んでいる。

象やライオンが、人間との共存方法を 直接教えてくれる。

ペルーでは、子供たちが古代遺跡と対話して 失われた歴史を学んでいる。

石の建造物が、インカ文明の記憶を 鮮明に語ってくれる。

皇居の池では、定期的に 「次世代会議」が開催されるようになった。

世界中の子供たちが、 物理的にも意識的にも集まって、 地球の未来について話し合う。

今日も、様々な国の子供たちが 池の周りに集まっていた。

「海が教えてくれたんだ」

ノルウェーの少年が報告する。

「プラスチックを食べる新しい微生物の作り方」

「山が教えてくれた」

ネパールの少女が続ける。

「雪崩を防ぐ木の植え方」

「砂漠が教えてくれた」

エジプトの少年が語る。

「緑化のための新しい方法」

子供たちは、大人が何年もかけて研究していることを、 直接対話によって短時間で学んでいた。

そして、その知識を実践し、 地球環境の改善に貢献していた。

波音/エコーは、これらの変化を 深い感動とともに見守っていた。

「子供たちが、新しい世界の建設者になってる」

真理子、健一、誠司、老人も頷く。

「僕らは橋渡し世代だったんですね」

健一が理解する。

「古い世界と新しい世界を繋ぐ」

「そして、子供たちに託す」

老人が微笑む。

「これが、自然な流れです」 「新しい世界は、新しい世代が作る」

池の水面に、未来の光景が映し出される。

50年後、100年後の地球。

そこでは、人間と自然が完全に調和し、 宇宙との対話も当たり前になっている。

子供たちが大人になり、 さらに進化した世界を築いている。

「美しい未来ね」

真理子が感嘆する。

「でも、それを実現するのは彼らの力」

波音/エコーが答える。

「私たちは、ただ見守り、必要な時に支えるだけ」

夕暮れの池に、子供たちの笑い声が響く。 音は聞こえないが、喜びの波動が すべての存在に伝わっている。

新しい世界の継承が、 確実に進んでいた。

(第18話・了)

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