第14話 言語を超えた理解
変化は、国境を超えて広がり始めていた。
韓国、ソウル。
IT企業で働くパク・ミンジュンは、コンピュータとの関係が変わったことに気づいていた。
プログラミング中、キーボードを打つ指先から、
微細な振動が返ってくる。
まるで、コンピュータが協力してくれているような感覚。
実際、最近はバグが激減し、
コードの実行速度も向上していた。
「機械との共同作業」
そんな言葉が、頭に浮かんだ。
中国、北京。
太極拳の老師、李老師は公園で不思議な体験をしていた。
いつものように太極拳を行っていると、
周囲の木々が同じリズムで揺れているのに気づいた。
風はほとんどない。
でも、木々は李老師の動きに合わせて、
優雅に枝を揺らしている。
「気の交流」
太極拳の古い教えが、現実のものとなっていた。
タイ、バンコク。
象使いのソムチャイは、象との意思疎通が
さらに深くなったことを感じていた。
以前から象の気持ちは分かっていたが、
最近はより具体的に「会話」ができるようになった。
象が感じている暑さ、
好きな食べ物への欲求、
人間への愛情——
すべてが、直接心に伝わってくる。
インド、ヴァラナシ。
ガンジス川のほとりで瞑想するヨギ、ラーマは、
川の声を聞いていた。
何千年もの間、
人々の祈りを聞き続けてきた川の記憶。
清らかな水源から海へと向かう、
永遠の旅の歌。
そして今、川は新しい歌を歌い始めていた。
世界中の水が繋がり、
地球全体で一つの循環系を作る、
壮大な交響楽。
アメリカ、ニューヨーク。
セントラルパークを歩くアーティストのエミリーは、
都市と自然の新しい対話を感じていた。
高層ビルの鉄骨が風と歌い、
公園の木々がそれに応答している。
人工と自然。
対立するものだと思っていたが、
実はお互いを補完し合っている。
ドイツ、ベルリン。
音楽家のハンスは、楽器が音を出さなくなってから、
新しい音楽の形を模索していた。
そして今日、ついに発見した。
楽器に触れた時の振動。
空気の流れが描く軌跡。
聴衆の心に直接響く波動。
音がなくても、音楽は存在する。
むしろ、より純粋な形で。
ブラジル、アマゾン。
先住民の長老、カカシは、
森全体の声が強くなったことを感じていた。
木々の語らい。
動物たちの歌声。
大地の深い呼吸。
そして、それらすべてが、
世界中の変化と繋がっている。
「地球が目覚めている」
長老の理解は、シンプルで的確だった。
皇居の池。
波音とエコーは、世界規模の変化を見守っていた。
「言語の壁を越えてる」
エコーが分析する。
「英語、中国語、タイ語、ヒンディー語...」
「でも、みんな同じことを体験している」
確かに、池の水面に映る世界各地の様子は、
文化や言語は違っても、
本質的な体験は共通していた。
「意識の言語は、一つだから」
波音が答える。
「愛と理解の波動に、翻訳は必要ない」
真理子たち三人も到着。
今日は、興奮した表情をしている。
「大変なことが起きてます!」
健一が息を切らしながら報告する。
「研究室に、海外の研究者からメールが」
「世界中で、同じ現象が起きてるって」
「私のSNSにも」
真理子が続ける。
「海外の友達から、変な体験の報告が」
誠司も頷く。
「会社の海外支社からも、似たような話が」
老人が穏やかに微笑む。
「予想通りですね」
「愛の波紋に、国境はありません」
波音は池の水面を見つめる。
地球全体が、優しく脈動している。
「でも、まだ序章」
「本当の変化は、これから」
「どんな?」
エコーが問う。
「物質と意識の境界が、完全に溶解する時」
波音の言葉に、全員が身を乗り出す。
「今はまだ、人間が他の存在の声を聞き始めた段階」
「でも、次は——」
池の水面に、新しい映像が浮かぶ。
それは、まだ見ぬ未来の光景。
人間が街の建物と会話し、
建物が応答している場面。
科学者が実験器具と協力し、
新しい発見を共同で行っている場面。
農家が作物と対話し、
最適な育成方法を教わっている場面。
「全ての存在が、平等なパートナーとして」
波音が説明する。
「それが、地球が望んでいた世界」
その時、池の向こうから複数の人影が現れた。
様々な国籍の人々。
観光客、研究者、芸術家——
みんな、何かに導かれるように、
この池に集まってきたのだ。
彼らは言葉を交わすことなく、
しかし完全に理解し合っていた。
同じ体験をした者同士の、
深い共鳴があった。
「世界中から、人が集まり始めてる」
エコーが観察する。
「この池が、変化の中心地として認識されてる」
波音は立ち上がり、集まった人々を見回した。
そして、すべての人に向かって、
心の中で語りかけた。
『ようこそ、新しい世界へ』
その瞬間、池全体が光に包まれた。
それは、すべての存在が歌う、
歓迎の歌だった。
(第14話・了)
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