第12話 地球からの愛

波音の記憶が、さらに深い層に到達した。

それは2098年11月12日の朝。

地磁気変化が起きる、その瞬間の記憶。

皇居の池のほとりで、五人は波音の深層記憶を共有していた。

池の水面に映し出される、15年前の真実。

研究施設の地下深く。

15歳の波音が、特殊な装置の中央に座っている。

彼女の周りには、無数のセンサーとモニター。

「波音ちゃん、地球の声はどう?」

主任研究者の田中博士が、優しく問いかける。

「とても...悲しんでる」

波音の頬に涙が流れる。

「人間たちが聞いてくれないから」

「でも、怒ってない」

「ただ、心配してる」

モニターに映し出される地球の磁場データ。

通常の値を大きく超えた異常な変動が続いている。

「地球が自分で調整してるの」

波音が続ける。

「人間の耳を、一度リセットするって」

「リセット?」

「みんな、音に慣れすぎて、大切な声が聞こえなくなってる」

「だから、少しの間、静かにして」

「本当に大切な声だけを聞く練習をしてもらうの」

田中博士は震える手でデータを確認する。

地球規模の磁場変化。

それは自然現象ではなく、意図的な調整だった。

「どのくらいの期間?」

「地球さんは言ってる」

「人間が準備できるまで」

「でも、多分...15年くらい」

「15年?なぜそんなに具体的に?」

波音は微笑む。

「それが、人間が大人になるのにかかる時間だから」

「今の大人たちは、もう習慣が固まってる」

「だから、新しく生まれる子どもたちが大きくなるまで」

現在の波音が、深く息を吸う。

「私は、その橋渡し役だったの」

「地球と人間の間の」

真理子が問いかける。

「でも、なぜあなただけが聞こえたの?」

映像が変わる。

さらに昔。

幼い波音が初めて研究施設に連れてこられた日。

「この子は特別です」

医師が両親に説明している。

「生まれつき、物質の振動を感知する能力が異常に高い」

「通常、人間は音として聞こえる周波数しか認識できませんが」

「この子は、もっと幅広い波動を感じ取れる」

「病気なんですか?」

不安そうな母親の声。

「いえ、病気ではありません」

「むしろ、人間本来の能力が残っているのです」

「本来の能力?」

「太古の人類は、もっと敏感でした」

「自然の声を聞き、動物と会話し、植物の気持ちを理解できた」

「しかし、文明の発達と共に、その能力は退化していった」

「この子は、その古い能力を持って生まれてきたのです」

現在に戻る。

「そういうことだったのね」

エコーが理解する。

「あなたは、人類の古い記憶を保持していた」

「そして、新しい時代への橋渡し役として選ばれた」

波音が頷く。

「でも、私だけじゃない」

「世界中に、同じような子どもたちがいる」

「みんな、それぞれの役割を持って生まれてきた」

健一が前に出る。

「僕も?」

「そう」

波音は三人を見つめる。

「あなたたちも、選ばれた存在」

「科学者として」

「家族を愛する者として」

「新しい世界を感じ取る者として」

誠司が震え声で問う。

「でも、なぜ僕たちが最初に?」

「準備ができていたから」

波音は池の水面を指す。

そこには、東京の夜景が映っている。

光る点々が、少しずつ増えている。

「でも、もう私たちだけじゃない」

「見て」

確かに、光の点は確実に増加していた。

最初は数十だったのが、今は数百。

そして、その数は加速度的に増えている。

「連鎖反応が始まったの」

エコーが分析する。

「一人が気づくと、周りの人にも影響する」

「意識の波紋が広がっている」

老人も池のほとりに現れた。

「いよいよですね」

彼は満足そうに微笑んでいる。

「15年間、この時を待っていました」

「先生は、最初から知っていたの?」

真理子が問う。

「はい」

老人は頷く。

「私も、波音ちゃんと同じ施設で研究していました」

「そして、地球からのメッセージを受け取っていた」

「『準備を整えて待て』と」

「だから、地下大聖堂を作ったのですね」

エコーが理解する。

「その通り」

「覚醒し始めた人々の、避難所として」

「そして、新しい対話の練習場として」

夜空を見上げると、星々がいつもより明るく見える。

それは、人々の意識が敏感になっているから。

「次は何が起きるの?」

健一が問う。

波音とエコーは顔を見合わせる。

「今度は、東京を超えて」

「日本全体へ」

「そして、世界へ」

「でも、それも自然に」

「愛と理解の波紋として」

池の水面に、新しい映像が浮かぶ。

それは、まだ見ぬ未来。

人々が街角で立ち止まり、木々に耳を傾けている光景。

建物が人々に語りかけ、人々が応答している光景。

そして——

すべての存在が、調和して歌っている光景。

「これが、地球が望んでいた世界」

波音が静かに言う。

「分離ではなく、調和」

「支配ではなく、対話」

「そして、すべての存在の尊厳ある共存」

五人は手を取り合った。

その瞬間、池全体が優しく光り始める。

それは、新しい世界への扉が開かれた合図だった。

(第12話・了)

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