山中

 タクシーの中、目覚めた俺は異変に気がついた。田舎とはいえ、辺りが暗すぎるのだ。

 酔いの醒めない俺は運転手に声をかけた。


「ここはどこだ?俺は駅前と言ったはずだぞ」


 酔いと怒りで言葉にありったけの怒りを込めて怒鳴ってやった。

 しかし、運転手は振り返りもせずに静かに言った。


「アナタはここで降りるのですよ」


 なにを馬鹿なことを言っているんだと思ったが、運転手はオレをタクシーから無理やり下ろすと、俺を残し行ってしまった。


◇◇◇◇◇


 そこは灯りもない山の中であった。

 夏の終わりとはいえ、山の中は寒く、酔いも醒めてしまった。

『何なんだ?』

 どう考えても訳が分からなかった。そんな時、スナックのママの言葉が頭の中で響いた。


『アナタが悪いのよ。社長の息子の仕事を取るなんて!』


 その言葉を思い出した俺は愕然としてしまった。

 俺が本社でまとめた仕事の前任者が社長の息子だったのだ。コネ入社の社長の息子の失敗をカバーをし、契約までこぎ着けた俺が左遷。

 そうゆう訳だったのだ。そうなると怒りより落胆の方が大きかった。

 明日、朝一番で辞表を出してやる。

 そう決めると、スマホを取り出し、タクシーを呼ぼうかと思ったが、電波が入らず電話も使えなくなっていた。

“クソっ”

 怒りを抑えて、スマホのGPSで自分の居場所を確認し、山を降りる道を探して歩き始めた。


 しばらくすると、スマホのバッテリーも切れ、あとは月明かりを頼りに歩くしかなかった。


 心の中で“クソっ、クソっ”と叫びながら歩いていると、少し前に人影を見つけた。


 俺は走り始めて人影に声をかけた。


「すいません。助けてください」


 俺の声に驚いたのか、人影は急に走り出した。


 ヤバいと思った俺は大きな声で叫んだ。


「お願いです。助けてください」


 人影は止まることなく走りつづけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る