パート2: 最初の料理と涙の味

雨の中を、俺はあてもなく歩き続けた。

ずぶ濡れの服が体に張り付いて、体温をどんどん奪っていく。


寒い……。

腹が減った……。

カイもリリアナも、今頃は暖かい宿屋で豪華な飯でも食ってるんだろうな。

俺のことなんて、もうすっかり忘れて。


あまりの空腹と寒さに、足がもつれてその場に膝をついてしまった。

泥水が跳ねて、顔にかかる。

もうダメだ。このままじゃ、本当に野垂れ死にだ……。


その時、ふと自分のスキルのことを思い出した。


《無限食料庫》……。

食材しか入れられない、ゴミスキル。

カイたちの言う通りだ。こんなもの、何の役にも……。


……いや、待てよ。


『食料庫』ってことは、もしかして……。

スキルを発動した時はいつも、中に入れる食材を意識していたから気づかなかったけど……。

実は、最初から何か入ってるんじゃないか?


藁にもすがる思いで、俺はスキルに意識を集中した。

頭の中に、ぼんやりとスキルの空間が浮かび上がる。

そこは、やっぱり何もない、空っぽの空間だった。


だよな……。そんな都合のいい話……。

がっくりと肩を落としかけて、思考が止まる。


……でも。

もし、ここに……食べ物があったら。

そうだ、こんなに冷える日には……温かいスープが飲みたいな。

豪華な具なんていらない。

ただ、冷え切った体を温めてくれる、優しい塩味のスープ……。


そう強く、強く念じた瞬間だった。


手の中に、ふわりと温かい感触が生まれた。


「えっ……?」


見ると、俺の手の中には木製の簡素な椀が握られていた。

そして、その中には湯気の立つ透明なスープがなみなみと注がれている。


嘘だろ……。

何もないところから、突然スープが……?


恐る恐る、椀に口をつける。

温かい液体が喉を通り、冷え切った胃の腑にじんわりと染み渡っていく。

味は、本当にただの塩味のスープだ。

でも……。


うまい……。

温かい……。


追放されてから、初めて口にする温かいものだ。

その温かさが、絶望で張り詰めていた心の糸を、ぷつりと断ち切った。


「う……うぅ……」


涙が、ぼろぼろとスープの中にこぼれ落ちる。

しょっぱい涙が混じって、スープの味が少しだけ変わった。


俺は夢中でスープを飲み干した。

空っぽになった椀は、ふっと淡い光の粒になって空気に溶けていく。

俺は、まだ温もりが残る自分の両手を見つめた。


このスキル……ただの収納スキルじゃなかったんだ。

俺が頭で考えた料理を、作り出せる……?

もし、本当にそうだとしたら……。


「……この力があれば」


俺は立ち上がり、濡れた頬を手の甲で拭った。


「少なくとも、飢え死にはしない。……もし、俺と同じように飢えている誰かがいたら……」


その人を、助けられるかもしれない。


辺境の町へと続く道を、俺はさっきまでとはまったく違う、確かな足取りで歩き始めた。


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