044 新月②
土煙の中から、自爆の様相だったにも関わらず大した傷もないマリと、手負いになった新月が現れる。
てっきり新月の意識を落とすでもしないと正気を取り戻さないとばかり思っていたが、そうでもない……のか?
……というか、それよりも気になることが、どう考えても不自然な点が一つある。
「ライヤ様は……私がお守りしますから。」
そう宣言するマリの身体には、傷どころか、汚れ一つも無かった。ハーシェルの炎に焼かれて、メーフィの沼に半沈みにされてたにも関わらず。
確かに彼女の肉体の状態をじっくりと見ていたわけじゃなかったけど、こんなに綺麗な状態が保たれているのも変だ。俺に背を向けて、まるで手出しさせないぞとでも言うかのようにドンと構える姿は心強くもあるけど、少し不安だな。
「ああ……見事、見事見事。実に見事です、マリ・プリズマイト。ただの不意打ちに満足せず、より高い威力で、自分含めた味方への影響を最小限にする。並大抵の努力ではその域にたどり着かないでしょう。」
「黙れ三下。てめえを排除する仕上げは整っている。ホーミング・ガーネット、何処までもお前の命に向かって進み続ける魔法の矢。お前も聞いたことあるだろ?なんせこれで随分暴れ回ったからな。」
「無駄な抵抗もしたけりゃすれば良い。より酷く、惨めな死に方になることを良しとするならな。」
声の先には大きな魔法陣を浮かべながら、レイシャが弓を引く姿があった。隣にいるハーシェルは、彼女の放つ矢に上乗せで何か強化魔法をかけようとしてると見た。
「おやおや、これは。そんな警戒されては逃げ出そうとすることすら一苦労じゃありませんか。………………そうですねぇ。」
劣勢となった新月の目は依然、ニタリと笑いこちらへの敵意を滲ませる。そして咳払いを一つし、じっとこっちを見つめる。あいつ、何をしようと……?
「しかし……どういった心境の変化なんですかね。マリ・プリズマイト?」
「短距離転移からの自爆なんてやり方、まるであなたの嫌いな親のようではありませんか。」
「……なんで俺見て言うんだ、それ。」
親子に何かがあったなんてこと、空の豪邸を見たら簡単にわかる。何かあったんだろうくらいは考えていたから、特に驚くことは無かった。ま、こんな言い方は無いだろとは思うけどな。
ただ……それを俺の目を見つめながら言う意図が読めない。親が嫌いなんてありふれたこと、それを使って一体何を伝えようというんだ?
「そこにいる巫女達もそうです。あなたはレイシャ・スプリングと紫炎のバーニアについての因縁について教えられてましたか?」
「……教えられてませんよね。あんなことしでかしておいて、仲間に面と向かって話せるような器ではありませんから。」
流石の彼女も堪忍袋の尾が切れたようで、レイシャが思いっきり引いていた弓の弦を離し、茜色の矢が緩やかに弧を描き飛んでいく。新月がひらりと躱しても、ゆっくりとターンして再び飛んでいく。
この世の理、物理現象を無視した……まさに魔法の矢と呼ばれるのに相応しいものだ。魔法も使い方次第でこんなことさえできるようになるんだな。
「無駄だ。そいつは避けたところで標的を見失うような代物じゃねえ。いかなる防壁をも貫くし、どんな所にいても必ず辿り着く。さっさと諦めて楽になるのが懸命だと思わねえか?」
「いかなる防壁をも貫く?おやおやおや、それは大言壮語ではないですか?」
二回三回と避けられていた矢はついに新月の眉間を捉え、いよいよ突き刺さ……ろうとした所で止まり、薄くなっていきそのまま消えてしまった。
……そこにあったものが、薄くなっていきそこに無いものになった。ハーシェルも無言のまま目を見開いている。…………何だ?今の。
「……あっちも終わりましたか。丁度良いですがもっと早く終わらせておいて欲しかったのが正直な感想でしょうか。」
「霧坂雷也、神の代理人としての意見を言っても良いのですが……そうですねぇ、私の意見を優先した方が実に、実に…………実に愉快なので、私の主観で話させてもらいますね。」
ふんわりと空に浮き始め、呆気に取られたままのこっちを置き去りにしたまま口を開く。
「人間隠し立てることの一つや二つくらい誰にだってあります。突っ立って聞いてるあなたもそうでしょう?霧坂雷也。言う必要もなければ言うメリットもない。あなたが隠した事実を伝える選択をしないのも当然でしょう。」
「ですが狩人、魔法使い……そして幼馴染。彼女らは醜悪な自己の本質を見せないためにそれを隠す。知恵あるあなたならわかるでしょう?」
新月は、三日月のように半笑いになった口を開け、はっきりと重要なことだと念を押すように言う。
「あなたと彼らとでははっきり違っているのですよ。気遣いと合理で考えているあなたと、違うのですよ。」
「まだあなたはわかっていないことが多すぎますから、もう少し待ってさしあげましょう。そのうち自分の隣にいる人達が自分に相応しくないとわかるでしょう。今回のところはその時を心待ちにするくらいで済ませてあげましょう。」
……レイシャにもマリにもなぜか交戦の意思が見られない。ハーシェルは見切りをつけてしまったのか、静観を決め込んでしまっている。俺も正直に言って何かする体力が残っていない。
俺たちはそのままふよふよと浮かび上がっていく彼をただ眺めていた。彼らの作戦の成功にも気づかず、只々眺めていた。
♦︎
「…………ちくしょう。下等生物風情にこの僕がここまで……。」
重なり重なった瓦礫に挟まれたままで、ある子どもがぽつりと呟く。
死神の霧、それはエルファスを人の気配ないゴーストタウンに仕立て上げた張本人。人を眠らせる霧を放ち、使える奴はメーフィの転移魔法を使い地下送り、そうでない奴はその場で殺害……と、人類に対し無視できない被害を与えていた。
今、そんな彼は血みどろのまま、死ぬか死なないかの瀬戸際の状態で突如上から落っこちてきた迷宮の瓦礫に埋もれていた。
「駄目だよ?人のこと下等生物とか言っちゃ。ほら、もう一発。」
盾の先っちょの鋭い部分で子どもの肩あたりの肌を突き刺すのは、この世界に於ける九人目の異世界人であり、大きな盾を扱う雲崎佳澄その人。
「どうせ肉体のコピーは取ってあるんだし、好き勝手やっちゃって良いよね?私だって決意の再出発とか色々こなした後でこうなってるの。こういうことやってるとフラストレーションすっごい溜まるんだからね!?」
「カスミ……!お前絶対碌な死に方、」
「あらよっと!」
おっと手が滑った!とでも言わんばかりに顔を殴打、続いて眉間に盾の尖った部分をグサリ。これにより彼の名もやってきたことも、全てが知る必要の無いことに成り下がってしまった。
「…………星月夜の子、こっち向かってきてるな。鉢合わせても面倒だし、新月に合図だけ送って離脱しちゃうか。」
現代で生きていた筈の彼女に、もはや殺した罪悪感に苛まれる時間を作る必要は無くなってしまった。
雷也のためならどんな相手とでも手を組めるし、どんな悪行でもやり遂げてしまう。雲崎佳澄とは、そういう人間だった。
私のための異世界転生 桃栗パメロ @Pamero
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