037 差し伸べられた手

「キシャアアアァァァァ!」


「そんな見え見えの攻撃に当たるかよ、数いりゃ良いってもんじゃねえぜ。そらっ喰らいな!」


 ゴブリンたちの大振りをかわし、陣形を崩した奴から刈り取って、背後を取られない為に壁際に戻る。

 これで何匹殺した?一匹一匹は大した強さじゃないし群れで来ても困らないが、数が減る気配が無い。メーフィっつーやつが補充してやがる。


「オオオオ……!」


 オークがこっちに飛び込み棍棒を振り下ろすのを難なく……けれど冷や冷やしながら避ける。アレだけは絶対に避けなきゃいけない。棍棒が振り下ろされたそこは窪みになり、周りに小石……というか石の破片が飛び散っていた。


「あっはははは!ほらほら頑張りなさい。このままじゃゴブリンに埋もれておわり、最悪で最高な死に様になるわよ〜!」


 余裕綽々って感じか。メーフィは追加のゴブリンを召喚しながら高笑いして見物している。ここまでの傾向から不意打ちに弱そうだが、魔物に囲まれた今では隙を見せたら最期。どうしても慎重にならざるをえないな。


 溜め息をつき、魔物たちを睨んだまま剣先に意識を集める。イメージするのは炎、それも燃え広がる火災。燃ゆる炎の拡散弾を群れ目掛けて飛ばす。……が、


「そんかのこの私が許すわけないじゃん。はい、水のカーテン。」


 冷たい水に阻まれて炎は温度を無くす。魔王君の幹部なだけあるな。要所要所のサポートが的確で、形勢を崩されない対策が行き届いている。

 襲いかかるゴブリンの攻撃をまたかわして、前に踏み込んで三匹纏めて両断にする。数は十匹前後をキープ、このままじゃ埒が開かない……!


「……そこに来たわね。」


「話しかけて気を逸らそうなんて作戦なら通じないからな。マルチタスクは苦手じゃないんでな。」


「ふふん。その威勢も牢獄の中でどれ程持つか見ものね。それともサックリ殺しちゃおうかしら?」


 メーフィは勝利を確信したようで鼻唄を歌って余裕を見せる。どこかに罠でもあるのか?しかし魔法陣は何処にも見当たらない。壁にも、天井にも、それらしき物は……。


「私が勝つにはもう一言で良いの。」

「土よ、壊せよ。ただこれだけで良いのよ。」


 彼女が呟いたその時、天井がちり一つ、粉一つ残さず壊れた。そして、トロリとした液体が頬に垂れる……マズい!これはまさか…………!


「知っているかしら?不定形の粘液に閉じ込め、ゆっくりと消化する生物がこの世には存在するのよ。」

「スライム、それは確かにそこに存在する液体であり、固体。プルルンとした体は、あなたの自由を奪い尽くす。」


 ゲリラ豪雨みたいに液体が降り注ぐ。上を見上げるとそこには青紫の半透明な体。間違いない、これがスライムだ。

 纏わりつく粘液、重くなる体。これ、マズい。非常にマズい。ダイブしてくるアレを避ける手段が取れない。


 何かが背に重くのしかかり、視界は青に覆われる。


「魔王様ならこの状況、こう言うでしょうね。……チェックメイトって。」


 ……やばい、呼吸ができない。肌が焼かれたように熱を持つ。魔法を唱えることも、体を動かすことも、まるで何一つ叶わない。


「風の……足は鋭く、速く……………………我が手は全てを無視し、全てを掴む…………我は弾丸……。」

 

 ……………………そうか、ここが第二の人生の終着点かよ。諦めたくないがもう他に手段が思いつかない。こんなことなら騎士団長を無理矢理にでも連れてくれば……。


「…………た様、あなた様!私の手を決して離さないでくださいね!」


 …………手?差し伸べられたそれが手首をギュッと掴んで、俺を青の中から引っ張りあげる。


「ゴホッゲホッ!な、何が起こって……マリ!?」


 気管に粘液が入ったせいで咳き込んだ顔を上げた先には、土で汚れたマリが初めて見るくらい清々しい顔をして俺の手を握っていた。


「……何なの…………何なのよ!折角冒険者を閉じ込めたってのに、プリズマイトの一人娘が今来る!?」

「しかもあんなに誰にも興味を持ってなかったアレが、よりにもよって異世界人を助けるとか!スライムの毒、触れる危険性すら知ってるはずなのに!」


「プリズマイトの一人娘……って何のことだ?」


「それは後ほど。一先ずあなた様を助けられて良かった。これで初めて会った時の恩返しはできましたよね。」


 マリが静かに微笑む。

 

 こんな薄暗い通路の、魔物に囲まれた中心。そして土と粘液に塗れた彼女の曖昧な表情。


 何でだろうな。それは光り輝いているように思えた。

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