024 王国を月は照らす

 夜の暗闇に明かりがポツポツと浮かぶ。騒ぐ冒険者、笑う兵士たちなどなどで騒がしかった酒場とは打って変わって、そよ風に木の葉が揺れる音のみが聞こえる。夜の王国はいつもよりも静かだった。


「いやぁ、凄かったね。もうどんどんドラゴンのお肉が焼かれてはこっちに来るんだからさ。」


 佳澄がベンチに座って、こっちを見上げて話しかける。純粋無垢っつーか、ここで会ってから以降の佳澄は随分と楽しそうだ。俺が覚えてる限り、一番だって言える程に。

 こいつは小さい頃から運が悪いっていうか……間が悪いっていうか……いじめの対象にされることが多かった。

 なんでも多芸にこなして、色んな人に分け隔てなく接する。スクールカーストの最上位にいるような奴だったが、誰にも彼にも優しくするくせに自分のことはおざなりだったからだろうな。舐められがちだったし、恨み妬みの的になりやすかった。


「……雷也、やっぱり元気ない?さっきから浮かない顔してるけど、……もしかして騎士団長さんのこと?」


 ……こういう感じで、困ってる人を見つけて力になろうとする所は本当に良いことなんだが、この辺りが原因で勘違いした野郎に迫られたり女子どもから因縁ふっかけられたりしたのを俺は忘れていない。

 やめろと言うつもりはないが、親切にする相手をもう少し選んだ方が良いと思うんだよな……。俺ならまだしも、知らない誰かにだってこの調子で聞いてくるんだから、困ったものだ。


「…………ああ、ガープスさんな。国の誰にも、王様すら生きてるだろうと楽観視してたが……あれが洗脳されて襲いかかってくるとか、ゾッとするな。」


 とりあえず佳澄に話を合わせておく。お前のことを心配していたなんて面と向かって言うようなことではないしな。


「話は変わるが、お前の盾どんな物なんだ?ドラゴンの火球を防いだ時、随分とデカくなってただろ。あれ一体何をしてああなったんだ?」


「あ、あれのこと?ちょっと話せば長くなるんだけど……そうだね、じゃあこの盾との出会いから話すんだけどさ。」


 出会いときたか、予想外の切り口だったな。


「この世界に来た時にある人から貰ったんだよね。なんて言ってたっけな……何処かで見つけてきたって言ってて、とにかく凄い物だって念を押されて渡されたんだよね。」


 どうせバイルだろ。この剣といい盾といい、まるでトレジャーハンターみたいに不思議な物を持って帰ってるんだな。


「………………ねえ、私って、さ。頼りになってる?」


「ああ、今日だってお前が守ってくれたからこそドラゴンをぶった斬ることができたんだ。これからも頼りにしてる。」


「そっか。……うん、ありがと!せっかく頼りにされちゃったしさ……。」


 佳澄が両手で俺の手をぎゅっと掴む。そうしてそのまま俺の目を真正面から見て、はにかみ。


「大好きなあなたのこと、絶対に守るから!」


 月明かりに照らされた彼女は、宣言した。これこそこいつの決意、こいつの意志だ。

 俺も、それに見合う活躍を持ってくるしかないな。そう思わさせるくらいに、彼女は月明かりに照らされ、一等星かと思うくらいに美しく輝いていた。


「……なんか照れくさいな、こういうの。」

「えーと…………そうだ!マリもそろそろ帰るくらいの時間だと思うし、家まで競走しよ!」


「ちょっと止まれ!言いながら走り出すのは反則だろ!?」


 段々恥ずかしくなってきたのか、一目散にマリの豪邸に走り出す。いやあいつ速っ!あつちがフライング気味に走り出したのもあるけど、それにしたって差が埋まらねえ!あんな盾背負ってよくそんなに動けるな。


 ……なんて思ってたらすぐ止まった?なんだ、近くに誰かいるみたいだが、……遠目で見た限りはボロボロのマントで体の大部分を隠した、見るからに怪しい奴がいるな。

 すぐさま止まっていた佳澄に追いつき、剣を抜く。油断していた。こんな時間だし、世界が変われど夜遅くには危ない輩が出てくることくらいは予測できただろうに。


「おい、あんた何者だ!連れに手を出そうってんなら、ただじゃ済まさ……。」


 剣を抜いて構えた次の瞬間持っていた武器が吹っ飛んで自分の後ろ辺りにカランと転がる。


「違う違う!僕は怪しい者じゃないんだ!君たちにメッセージを残しにきただけなんだけど……。」


 今、何があった?あいつは降参するかのように両手を挙げている、武器を抜いた形跡もない。にも関わらず俺の剣を吹っ飛ばしていた。なんの予備動作もなく、だ。


「うーん…………どうしたら信用してもらえるかな。知ってるであろう人の名前出したらむしろ不気味がられるよな……。かといって要件だけ伝えるのも信憑性に欠けてしまうかな……。」


 それでいて自信が無さそうに、かつ怪しさを気にしてか両手を挙げたままで頭を捻って悩む。肝が据わっているんだか臆病なんだか。


「よし、そうだね。バイルの友達って言ったら信用できるかな?彼から伝言を預かっていてね、申し訳ないけど少々時間を取っても良いかな?」

「君たちも知ってるだろうけど、レイシャについて続報があってね。」


 バイルの友達でレイシャの名前が出てくる……勇者関係の人か?そういうことなら内に秘めているであろう強さも理解がいく。まだ微妙に信用できないが、話くらいは聞くか。


「それで……伝言ってなんですか…………?」


 佳澄はまだ警戒してるみたいだ。そりゃするよな、格好も整ってなければ立ち振る舞いが風のようというか……。いかにも普通ですって感じの目立たない顔なのに、平気な顔して裏切ってきそうな感じがして怖い。


「彼女なんだけど、エルファスの辺り……エルファスってわかる?森の中にある、古い遺跡が残るのどかな村なんだけど、そこで目覚めたんだ。今はそこに留まってもらって君たちを待っている。彼女寂しがりだからさ、直ぐに行ってやってね。」


 エルファス……森の中って言ってたよな?たしか勇者が戦っているっていう戦線の方角に大きな森があったはずだ。そこのことって考えると彼の話は矛盾して無さそうだな。


「あ、あとあの辺りは強い魔物と増えてくるけど、今の君たちなら……十分成長しているし、問題無いんじゃないかな。」

「時間を使わせてごめんね。これで用は終わりだ。もしやる事が他に無いようなら、明日にでも行ってくれると嬉しいな。」


 姫の護衛とやらがあるし直ぐには行けないだろうけどな……。とはいえエルファスか。森まではタナビ山に行く以上に距離がありそうだったし、長旅になりそうだな。

 腕を組んで思案していると男がなんの変哲も無しにこっちに近づいてきて、


「別に今すぐ決める必要も、思い悩む必要もないけどさ。勘違いだって自分に言い聞かせて想いに気づかないフリするのは良くないよ。」

「それは唯の逃避、先延ばしですらない最悪の解答だ。まだ急ぐ必要は無いけど、人生の中で出会ったことない関係性になることを恐れてこの状態に留まることがないようにね。」


 俺にだけ聞こえるような声量で呟いて、手をひらひらと振って何処かへ歩いていった。


「雷也、なんて言われたの?」


「…………応援してるってさ。お前の決意に負けないよう、俺も頑張らないとな。」


 …………唯の逃避、出会ったことがない関係性。あいつがそう形容したのが何かはわからないつもりはない。

 月が映る川を眺める。自分が思っている以上に耳が痛い言葉だったのかもな。結局佳澄と二人で家まで帰っていったが、頭の中は最後の言葉をずっと反芻していた。


 マリはもう帰ってきていたみたいで、ソファに座って俺たちの帰りを待っていたみたいだ。うつらうつらしていたので佳澄が部屋まで担いで運んでいっていたな。

 あいつの言っていたこと。きっと、佳澄のことだけじゃ無いんだろうな。これをわかっていてなお、この関係に甘んじること、それが最悪の解答……まあ妥当な評価かもな。

 最悪と知ってなお、俺はそれを選ぶ。今の関係性は心地良いんだ。誰になんと言おうと俺たちは仲間であり、友だ。本当に自分に言い聞かせるように、頭に思い浮かべてその日は眠りについた。

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