第19話 足のこと、知ってるから

「だって、俺も言ったんだよ? 目には目を、歯には歯を、おやすみにはおやすみを」

「う、うう、恥ずかしいなあ……」


 声が上擦るヨッシーさん。なんか、リアクション可愛いな……ついついイジワルしたくなっちゃうというか……。


「えっと……」


 しばらく無言になるヨッシーさん。やがて、電話越しでも分かるほど照れた挨拶が聞こえてきた。


「お……おやすみ、ムックさん」


 彼女の優しくて柔らかい声が耳に溶けて、ぞくぞくっと脳が刺激される。言ってもらって良かった……!


「うん、ありがと」

「うわあ、緊張した! ムックさんのせいですっごく緊張したよ!」


「分かる、これ緊張するよね!」

「もうっ、分かってるなら言わせないでよお!」


 ちょっと怒ったようなトーンも見せつつ、電話の向こうで騒いでいる彼女は、どこか嬉しそう。


「そしたら、おやすみ、ヨッシーさん」

「うん……ムックさんもおやすみ」


 少しだけ変わった挨拶は、二人の距離が縮まったことの証。

 通話を切った後も妙に興奮してしまい、脳内で何度もさっきの「おやすみ」を噛み締めたせいで、全然寝付けない金曜夜を過ごしたのだった。






 タメ口でヨッシーさんと話せるようになった週明け、月曜日の昼休み、俺は教室で静かに過ごしていた。

 別にテンションが低いとか機嫌が悪いとかじゃない。ただ無口キャラなだけだ。


「よしっ……」


 決意の呟きをしてから、俺はバッグから本を取り出す。


 これぞ、「本を読んでるから話せなくてごめんね」作戦。またの名を、「一人で本を読んでるから寡黙なイメージがぴったり似合うよね」作戦。後者は周囲のクラスメイトの心の声を勝手に代弁したものだ。


「…………」


 ヨッシーさんに前に通話で教えてもらった、果物系ブロガーの人が出版した果物の豆知識本だ。この前ブログを読んだら、果物ごとのオススメの食べ方や珍しいフルーツの紹介など意外と面白くて、本を買ってしまった。


 ほら皆さん。今まで俺が無口だったのにはちゃんと理由があったんですよ! 本を読みたかったからです! 強がりじゃないよ!



 ま、まあ、でもね。誰か一人くらい「えっ、六久原君、何の本読んでるの? それ面白い?」とか訊いてきてくれてもいいなと思うんだけど、そもそも誰にも声かけられないね。

 あれ、これクラスでずっと黙ってたことで俺の存在すら希薄になってるんじゃないかって心配しちゃったもん。



 そして一番「あっ、それ!」ってなってほしい桜さんも他の人と話してるから難しそう。何なら、彼女に気付いてほしいからこの本を持ってきた。


「待って待って! 初デートで昆虫展に行ったの? やばっ!」

「いや、彼女が、俺が行きたいとこならどこでもいいよって言うから……」


「だからって虫だらけのところ選ばないだろ! 彼女、虫は平気なの?」

「ううん。めっちゃ苦手だったみたいで入って五分で号泣してた」

「やばい! 皆さん、この彼氏やばいですよーっ!」


 あと、読み始めて五分経って分かった。こういう騒がしい空間って本読むには向かない。それに向こうで話してる昆虫の話が面白すぎて内容があんまり入ってこない。


 結局俺は本を閉じて、またただの無口な六久原君に戻った。「六久原君は無口です」とか漫画のタイトルにありそうだな……ページ捲っても全然話さないからストーリー進まないだろうけど……。


 いいけどね! 俺には#つわぼがあるから! ドロップさんとかミレニアムさんとか、悩み相談に使われるだけのときもあるけど、少なくともヨッシーさんは幾らでも楽しくおしゃべりできる仲なんだ!


「ねえ、桜さん」


 クラスメイトの一人が、その桜さんの名前を呼ぶ。


「はいはい、どしたの?」

「生徒会の小柴こしば先生が、渡したいプリントがあるから職員室来てって言ってたよ」

「あー……わかった、ありがとう!」


 返事までに挟まれた若干の間で、彼女はちらっと左足をみる桜さん。


 そうだ、桜さん、足痛めてるんじゃん。テーピングしてるのかもしれないけど、靴下履いてるからパッと見は分からない。同じ陸上部の小川さんも何も言ってないところを見ると、彼女もケガのことを知らないのかもしれない。


 それなら、うん、知ってる人がサポートしないとだよな。


 俺は彼女が職員室に行こうと廊下に出たのを見計らって、急いで廊下に出る。この前のキャンディーのときと一緒だ。


「桜さん、小柴先生のやつ、俺取ってくるよ」

「えっ、六久原君が?」

「そうそう。別の用事で職員室に行くところだったし」


 実際は用事なんてないけど、申し訳ないと思わせたくなかった。


「それさ、足、痛めてるんじゃない? ちょっと引き摺ってたから分かるよ」


 彼女は目を見開いて「しまった」というような表情を見せた後、右の頬を搔きながら苦笑した。


「えへへ、やっぱり、気付く人は気付いちゃうんだね」

「確か、大会も近いんでしょ? 無理して歩いて悪化したら大変だから、教室で安静にしててよ」


 別に、カッコつけたいわけじゃない。今、頭の中にあるのは、「彼女のケガが治ってほしい」「万全の調子で部活に臨んでほしい」という素直な想いだった。


 付き合いたいとかではないし、そもそもそんなこと俺と起こるはずもない。でも、せめて桜さんと楽しく話せるようになりたいから、踏み出せるときは踏み出す。

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