第20話 フォローしたくて
「うん、来週末が大会なんだ」
「そっか、ならやっぱり、極力大事にした方がいいよ」
「そだね……じゃあ、お言葉に甘えようかな。六久原君、ありがとう」
「全然だよ。気にしないで」
そう言って、彼女と別れて急いで職員室に向かう。
やっぱり、#つわぼでちゃんと話を聞けると、こうして桜さんのフォローができるから良いな。
それに、自然に仲良くなれる気がする。他の人が普段の会話で距離を詰めるチャンスがある分、無口な俺はこうして、#つわぼで話した内容をもとに彼女と距離を縮めていく。
ちょっとズルいかもしれないけど、失敗した分を取り戻すための自分だけの特権だと思って、この作戦を続けよう。
「小柴先生、鷺沼さんが用事があるみたいなんで、代わりにプリント受け取りに来ました」
「ああ、じゃあ渡しておいてくれるか」
五分後、次の生徒会会議の議題と、式典挨拶の依頼の書かれた紙を持ち、別の先
生に頼み事をしてから教室へ戻っていく。
歩きながら俺は、鷺沼さんがこの前の全体朝会で挨拶していたのを思い出していた。マンゴーのキャンディーが配られた、あの朝会だ。
『皆さん、おはようございます。元気に過ごしてますか? 一年生は初めての中間テストも終えて、高校生活にも慣れてきたところかなと思います。
暑くなってきましたよね。熱中症、ホントに気を付けてください! 生徒会も、皆さんが健康で生活できるように色々提案していきます。学校の予算次第ですけど! ねっ、先生方、お願いしますよ!
それ以外にも困ったことがあったら、いつでもどんな形でもいいかた相談してきてください。生徒会は皆さんが思ってるよりずっと身近な存在なので、よろしくね。以上です!』
短くて、笑いも勢いもあって、それでいてちゃんと言いたいことが込められている、お手本のような挨拶だった。
これを全校生徒のいる体育館の中央、教壇で言えてしまうのが、彼女のキャラクターと愛嬌の為せる技なんだと思う。
同時に、堂々と話している彼女を見て、本当に桜さんは生徒会長なんだと実感した。普段クラスでは頭も良くて明るい女子だけど、運動もできるし生徒の代表でもあるなんて、すごい人だなあ。
「桜さん、お待たせ」
彼女は教室で座って、別の女子と話していた。会話の邪魔をしたくなかったし、「なんで無口くんが代わりに取ってきてるの?」と疑念を抱かれないよう、その子との会話が終わるまで待つ。
そして、話が終わってまた彼女が廊下に出たときを見計らって、俺は声をかけた。
「桜さん、これ、小柴先生からのヤツ」
「あっ、ありがとう」
じゃあまた、と教室に戻ろうとしたところで、桜さんから「あの」と呼び止められる。
「六久原君、普段静かだけど、結構話すんだね」
ヤバい! 核心を突く質問が!
「……ん、まあね」
実はわざと黙ってる、なんて話をしたら、生徒会長の彼女は正義感を発揮して、俺が話せる環境になるようにクラスに働きかけてしまうかもしれない。
そんなことになったら地獄だ。小学校時代の「ほら、みんな○○君のこと仲間に入れてあげて!」と同じくらいの羞恥プレイになるに違いない。
なので、ここは絶対にごまかす!
「大勢がいるところで話すのが苦手なだけだよ」
「そっか。そういうことってあるよね」
茶化すでも同情するでもなく、ただ受け止めてくれる。キャパシティーの広い、彼女らしいリアクションだった。
「本当に助かっ……あれ、このプリント、なんでこんなに同じのがあるの?」
彼女はファイルの中の枚数を数えながら首を傾げる。
「あ、小柴先生が、こっちの紙は必要ならコピーしてくれ、って言ってたからさ。とりあえずここに書かれてる人数分あった方がいいのかと思ってコピーしておいたんだ」
生徒会役員に配るものらしい。プリントに、桜さん含めて役員の名前が五名書かれていたので、他の先生に頼んでコピーさせてもらった。
「要らなかったら処分していい――」
そこまで言って、彼女が固まっていることに気付いて目線を遣ると、驚いたような、呆然としたような表情で、真っ直ぐ俺の方を見ていた。
「そんなことまでしてくれたんだ……ありがとう。六久原君って、優しいね。この前のマンゴー味のキャンディーのときも助けてくれたし」
「ううん、たまたま気付いたからフォローできただけだよ」
本当に大したことじゃなくて、ただ彼女のことを少しだけ知ってたから、やりたくてやっただけだ。まあ、ちょっとだけ#つわぼでズルしちゃってるけど……。
「足、早く治るといいね」
「うん、頑張って治すね。本当にありがとう!」
俺が自分の席に戻っても、彼女はしばらく俺のことを見ていてくれた。
#つわぼがきっかけで、学校でも桜さんとの距離が近づいた気がするのがすごく嬉しい。
そして、その数日後の夜。ヨッシーさんから連絡が来て、通話できることになった。
俺たち、結構な頻度で話してるよな。もはや彼氏・彼女並じゃない? 普通の彼氏彼女がどのくらいの頻度で電話してるのか分からないから何とも言えないんだけど……。
【たまには、私からかけてみてもいい?】
そんなDMが来たので、「もちろん!」と返すと既読マークが付いた。
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