番外編 第4話 都平阿坂の苦難

風呂を出て、自分の髪もドライヤーで乾かし、寝間着に着替えて僕は今、連理の部屋にいる。

洗濯物は僕の部屋に干してきた。

「眠気ってわかる?」

「わかんない」

徐々に僕は本当に子育てをしている気持ちになってきた。世のお父さんとお母さんはこんな思いをしているのか。頭が下がる。

僕はくじけそうです。

「そっか。とりあえず。ベッドに横になって、電気を消して、目をつぶれば眠れるんじゃないのかな」

連理はおとなしくベッドに横になった。

うん。知ってたけど布団って概念も知らないと来た。

掛け布団の上に横になった連理から、布団を引き摺り出す。

「これって寝たら明日になるの?」

そんな僕を気にせずに連理が聞いてくる。

「8時間くらい寝たら起きて、朝ごはんかな」

僕はもう適当に答えている。脊椎反射で」回答を導き出しているのかもしれない。

「ごはん楽しみ。おいしかった。何が食べられるの?」

やはり反射で答えるのはよくない。ごはんの話題は藪蛇であったことに気付いた。興奮させてどうする。

「さぁ。白米とみそ汁は出てくると思うけど…あとは母さん次第かな」

僕は連理に布団をかぶせると、電気を消すためにリモコンに手を伸ばした。そんな僕の手を連理が押しとどめる。

「母親って人によって違うの?」

よくわからないことを言われた。母親が人によって違うとはどういうことだ?

「未来の母親は、料理できないって。毎日未来が料理しているって」

あぁ。そういうことか。

「人によって適正はあるからね。母さんは料理が得意だから。

多分うちは特殊だよ。あそこまで料理がうまい母親に当たることはめったにないよ」

僕がそういうと連理はまだ不思議そうな顔をしている。

「もう寝よう。明日も学校だ。真代さんにも明日あえる」

そう言って僕は電気を消して、連理の部屋を後にした。


自室のベッドにもぐりこむ。

先ほど聞いた真代さんの家庭事情に思いをはせる。

真代未来は僕が想定していたキャラクターではない。僕の考えた「君は記憶の石碑に座る」には真代未来というキャラクターは出てこない。

出てくるのは都平阿坂、石碑の少女、結城先生、校長先生、そして与元凪。

もともと短編小説として書いたあの物語には覚えきれる程度の登場人物しか出てこない。

結城先生の下の名前や、シスターの本名だって学校に入学して初めて知ったことだ。

だから物語に登場しない真代未来がどのような家庭環境で育っているか僕はは知らない。設定していない。

真代さんは、毎日料理をしている。

親が共働きか、母親が働いているので忙しくて難しいのか、

それとも問題のある親なのか。

知る必要はない。

だって知ってしまったら重くなってしまう。

彼女の背負うものの僕の責任ではないはずなのに。

考えては行けない。

思いついてしまった考えを消し去るようにリモコンで部屋の電気を消す。疲れ果てているのに眠れそうになかった。


とんとん

何とかうとうとし始めたころ扉をノックする音がきこえた。

「どうぞ」

誰がたたいているかはすぐわかった。両親であれば階段を上る音がするはずだが、しなかった。であれば連理しかいない。

きぃっと軽めの音がして扉が開く。案の定、連理がそこにいた。電気をつけていないので表情までは見えない。

「ひま」

「眠れなかったか」

想定外の言葉だったが、想定内のことだった。

電気をつける。ちょっと目が座った連理がそこにいた。

これはなんとなくだが眠気をわかってないな……

「何かハーブティかなんかいれてくるから部屋で待ってて」

「やだ」

そうか。これが世にいう寝ぐずりか…

「そう。じゃぁどうしたい。お話でもする?」

半ば冗談で僕は言った。絵本の読み聞かせでも知れば寝てくれるだろうか。

「する」

即答してきた回答に、僕があっけに取れれているうちに、

連理は僕のベッドに入り込んできた。

倫理的にまずいことはわかっていたが、もう連理は横になって枕に頭をのせている。そしてちらりと僕を見てこういった。

「はやく」

おそらく。おそらくだがここで僕がダメだとか、自分の部屋に戻れとかってやってしまうと完璧に連理は起きてしまうだろう。

それはまずい。寝かしつけなんてしたことがない。

僕はもとの世界においても未婚だ。

諦めるしかない。兄妹なんだから一緒のベッドに寝ることもきっとあるだろう。そう悟りを開いて僕もベッドにもぐりこむ。

明かりは完全に消さないでおくことにした。


「おはなしして」

どうやら本気だったらしい。

「そうだな…何がいいかな」

眠そうな声で連理がねだってくる。

「お父さんとお母さんのおはなしがいい」

「父さんと母さんの話?そうだな…」

父さんと母さんの話。僕の父は寡黙であんまりそういった話はしないのだけど。母がたまにぽつりと話してくれることがある。父と母との出会いの話からでいいのかな。

「父と母は父の叔母の紹介で出会った。お見合いというほどではないが、お見合いの意味もあったと思う。そこで父は母に一目ぼれをして猛アタックを決めたそうだ。

寡黙な父からは想像ができないがすごかったらしい。

毎日電話をかけきたって母さんがのろけてた。

今でも出張の時は毎日ホテルから母に電話をかけている。

大体1時間くらい話しているんだ。一緒に住んでて1日会えないだけで1時間も何を話すっていうんだって思わないかい?」

ふと、連理を見るともう寝ていた。あっけないものだった。

穏やかな寝息が聞こえる。その寝顔があまりにも安らかなのでつい微笑んでしまった。

リビングで寝ようかとも思ったが、ベッドの壁側にいるため連理を乗り越えないとベッドから抜け出せない。

申し訳ないがこのまま僕も寝させてもらうしかない。

暖かなベッドに包まれていると僕にも眠気が訪れてくるような気がした。


夢を見ている。いつの間にか眠てしまっていたようだった。

楽しそうに話す両親と連理がいる。幸せそうに笑っている。

僕に手を振っている。近寄ろうとすると、後ろから袖を引かれた。

振り返ると誰かがいる。顔がわからない。マジックで塗りつぶされたような顔をしている。

何事か僕に語り掛けている。

僕は困ってしまって。すみませんと謝ってみる。

すると相手は悲しそうにするのだ。

困り果てていると、肩に手が置かれた。振り返る間もなく耳元で声が聞こえた。

何かを言われた気がする。

仲睦まじい両親すらお前の設定したものだろうとか、

顔のわからない何かはお前の本当の両親じゃないのかとか。

連理の声に聞こえた。

悪夢だと悟った。だから目を覚ますことにした。


目が覚めるとじっとりと汗ばんでいた。最悪ではないがそれに近い夢を見ていた。寝たのに疲労感が増しているような気がする。

夢は深層心理の表れというが、僕の場ワイはわかりやすい。おそらく罪悪感なのだろう。

図星というか痛いところを突かれているという気がした。

僕の夢なのだから。そうなるのも仕方がないのだろう。

都平阿坂の両親が仲睦まじいのは自分さくしゃが設定したからなのではないかということ。

もとの世界の、物語を書いていた頃の記憶がどんどんと薄れていっていること。

もう戻れないということ。

すべてが真実で、すべて自分が蒔いた種だった。

ふと隣に目をやると幸せそうに連理が寝ていた。よかったと感じる。夢ではないと安心できた。

そうとも。もう後戻りはできないのだ。

そうとも。僕は今のことに目を向けなくてはいけない。罪悪感は押し込めないといけない。

時計は5時55分。そろそろ起きる時間だ。

なんせここは田舎だから学校までは遠い。7時30のバスに乗らないといけないのだからそろそろ準備しないといけない。

こんなに幸せそうに泣ているが、起こすしかない。かわいそうではあるが仕方がない。

連理を軽くゆするとぼんやりと目を開ける。

「……ごはん」

起き抜けの一言がそれか。

笑ってしまったが僕は少し不安になった。あんなに晩御飯を食べたのに朝ごはんは入るのだろうか。そもそも入ったとして食べすぎではないだろうか。もう人なのだから食べすぎは健康に悪いのだがわかっているだろうか。

「ごはんできたの?」

のそのそと体を起こしながら連理がつぶやく。

「ごはんを食べる前に身支度をしないと。母さんはそういうのきっちりしているから」

とりあえず、考えていたことはいったん置いておくことにしよう。

まずは目の前のことをやるための一歩として、

僕には連理を着替えさせ、顔を洗わせて身支度を整えさせるという任務がある。

そして、考えたくないけど登校させなくてはいけない。

おそらく。また何かするだろう、連理は。

「ねぇ。お兄ちゃん」

キチンと目が覚めたのか。連理が僕に問いかける。とても意地が悪そうな顔をしていた。

「いい夢見れた?」

僕はにっこりとほほ笑んでこたえた。

「疲れ果ててたからね。ぐっすり寝てしまって覚えてないよ」

僕の日常は始まったばかりだ。

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君は記憶の石碑に座る〜改稿編〜 @Samos1950

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