第10話 近くて遠い
「雨やみそうにないな」
黒い雲がどこまでも続いている。
外の暗さとは違って、向こうの部屋から弟たちの明るいはしゃいだ声が聞こえる。
こっそりと覗いてみると、
「海のあんな笑顔はいつぶりだろ・・・」
最近は顔を見れば怒ってばかりで、まともに会話すら出来てない気がする。
姉として、親代わりとして、頑張ってきたつもりだけど、海を笑顔にすることなんて考えられてなかった。
私じゃお母さんにはなれない。
「もうやだやだ!最近雨のせいでネガティブになってる」
自分にそう言い聞かせると、大の字でごろんと和室に寝転んだ。
トントントン・・・
(包丁で刻む音―)
「
(海里の声?)
薄っすら目を開けると、和室の天井が見える。
弟たちのはしゃぐ声と「これ入れて」と指示をする航平の声がはっきりと聞こえてきた。
気づいたら寝てしまっていたようだ。
身体を起こして台所を見ると、みんなで餃子づくりが始めているようだ。
「気づいたら寝ちゃってた、ごめん」
台所まで行くと、餃子のタネが出来ていて、これから包むところのようで、航平が餃子の皮を持って弟たちに教えようとしていた。
「いいよいいよ、気にしないで。きっと疲れてるんだよ。餃子は俺らで作るからもう少し寝てて」
「でも」
「ねえねはねんねするの」
「海生まで航平のファンか」
再び寝転んで目を閉じる。
ここ最近は色々あったから疲れているのかもしれない。
学校と家事にバイト、これだけでも大変なのに最近の海のことも悩んでいたので心の落ち着く暇がなかった。
(それに―)
ぼんやりと左手を天井に向け、何もついていない薬指を見る。
「これで良かったのかな」
弟たちの笑い声が聞こえてくる。
弟たちの未来を守るそう決めて、婚約したけれど、青波のことを異性として好きなわけではない。
いい人だとわかってはいるけれど、私はやっぱり…
「海里の餃子は大きくておいしそうだな。お、海斗は包むの上手いね~。海もやるじゃん」
航平はいつも誰にだって優しい。
私にも優しいけど他の人にも優しい。
だから期待しちゃいけないと思うけど、そばにいるとドキドキしてしまう。
でももう航平と一緒にいる未来は来ない。
しばらくすると、餃子が焼けるいい匂いが漂ってくる。
「渚~できたよ」
航平の声で台所に向かうと、たくさんの餃子が焼きあがっている。
「さぁ食べよう」
航平の号令で「いただきまーす」と声を合わせると、海たちは競い合うように食べ始めた。
「大丈夫だよ、まだまだあるし」そんな航平の制止も聞かずに、我先にと食べ始める。
航平はニコニコしながら、海生のために餃子を冷ましながら食べさせている。
「渚はゆっくり食べて」
なんて平和な光景なんだろう。
少し泣きそうな気持になってくる。
「渚?」
心配そうに航平がこっちを見ている。
「大丈夫。私も食べよーっと。いただきます!」
餃子を全て平らげると、さすがに弟たちも満足したようだった。
「ごちそうさまでした。私洗い物するよ」
「いいよ、俺があとでするし。ただその前に・・・海」
「何?」
航平にはすぐ返事をする。
私だったら3回目でキレ気味に言うまで無視すると言うのに、可愛くないやつだ。
「ちょっと飲み物買いに行くから一緒にいこう」
「いいよ」
普段私になんて逆らうことしかないくせに航平の言うことは聞くらしい。
他の弟たちも行くと言っていたが、航平は上手いこと宥めると、海を連れ出していった。
どうやらそこで海に帰りが遅い理由を聞くつもりのようだ。
航平と海を見送っていると、航平が視線で任せろと言っていた。
本当に頼りになる。
でも航平にドキドキする度にもう手が届かないのだと思うと胸が苦しい。
それから海生をお昼寝させて、しばらくしてから航平と海が帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま。母さんのカップケーキにあうジュース買ってきたよ」
航平はそういうと冷蔵庫に飲み物を片付けた。
海斗と海里は待ちくたびれたと航平の腕をにぎると、「ゲームしよう」と言ってグイグイとおもちゃ部屋へ連れて行った。
「航兄ちゃんも疲れちゃうから、振り回しちゃダメだよ」
渚の声ははしゃいでいる弟たちに聞こえてはいなさそうだ。
飲み物でも持って行こうと冷蔵庫を開けていると、海が遅れて家に帰ってきた。
こちらと目線を合わせることもなく、航平に続いて部屋に向かって行った。
またただいまもなしかとため息がでる。
「ただいま」
すれ違う瞬間に小さく海の声が聞こえた。
「おかえり」
海の背中にそういうと、ほんの少しだけ止まって、そのまま部屋に入っていった。
最近は「いただきます」以外してくれなかったのに、航平が上手くいってくれたのだろつか。
「渚、一緒に人生ゲームしよう」
航平が手招きしてこっちを見ている。
「姉ちゃんもやろー!」
「姉ちゃん人生ゲーム強いから覚悟してね」
渚はニカっと笑った。
「姉ちゃんが一番!」
人生ゲームは渚の一人勝ちとなった。
海からは「大人げない」と言われたが、ゲームは全員が真剣にやるから面白いのだ。
ゲームを終え、カップケーキとジュースを配っている間に、
「ただいまー」
「おかえり」
海二は帰ってくるなり、シャワーを浴びにお風呂場へ向かって行った。
まだ16時だ。いつものお風呂には早い。
どうしたのだろうと気になったが、航平に呼ばれて振り返ると、和室から手招きしている。
弟達を見ると隣の部屋でカップケーキとゲームに夢中のようだ。
「海と話したよ」
「・・うん、何か言ってた?」
「夜遅くまで何しているかは話してくれなかったけど、大丈夫だと思う。海なりに色々考えているみたいだし、悪いことをしているわけじゃないと思う」
「そうなのかな」
「俺が保証するよ。今は海を信じてやってくれないかな?」
航平に真っすぐにそう言われたら、頷くしかない。
「わかった」
答えが出なくてモヤモヤする気持ちもあるが、実際に海の態度も少し軟化したし、海が悪いことをするような人間ではないことを一番知っているのは私だ。
航平の言う通り、もう少し信じて様子をみるしかない。
「じゃあ、カップケーキ食べよ」
「うん」
カップケーキを一口かじると、幼いときに食べた懐かしい味が口いっぱいに広がった。
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