第5話 デートへ行こう!①

青波あおばに晩御飯も一緒にと誘われたが、お腹を空かせた弟たちが待っていると断って、急いで帰ることにした。

腕時計を見ると、19時になっている。

「マズいな」

急いで家に向かい、ドアの前に立つとカレーの匂いが漂っている。

「ただいま」

古びた木のドアを開けると、弟たちがカレーを食べている。

「おかえりー!」

海生かいせいが走って抱きついてくる。

「口の周りがカレーだらけじゃない」

ティッシュで海生の口周りを拭いで抱き上げ、こっそりと指輪をはずしてポケットにしまった。

海二かいじ、カレー作ってくれたの?」

海二は笑いながら、首を横に振った。

かい兄ちゃんだよ」

海は片膝を立てて「ふん」と言ってカレーを食べている。

「膝立てるのやめな」

海は「うるせー」と言いながら、膝を下した。

「カレーおいしそうね。私も食べる」

「温め直すよ」

そう言って海二が準備をしてくれる。

弟たちだけでは何もできないと思っていたが、気づかない間に弟たちも成長しているようだ。

「おいしい」

カレーを一口食べると、少し甘めに作ってある。

弟たちも食べられるように海なりに工夫したのだろう。

「こんなにうまく作れるなら、これから料理は海にしてもらおうかしら」

なぎさがそういうと海は「やなこった」と言って奥の部屋へ引っ込んでいった。


「海、今いい?」

海は背中を向けたまま「なんだよ?」と少し不機嫌そうに言った。

「高校のことなんだけど」

「・・・その話はいいって」

「心配かけてごめんね。でも大丈夫なの。お父さんがちゃんと高校の学費用意してくれてるから」

海はぱっと驚いた顔でこっちを見た。

「そんなわけないだろ?あの親父だぞ?」

「本当にお父さんのおかげで生活費や学費は当分大丈夫になったのよ」

本来は父親の名前など出したくない。

そもそもこの貧乏生活になったのは、働かずにたまにお金を振り込んでくるクソ親父のせいだ。

元々貧乏な生活ではあったが、食べるものに困ったりするほどではなかった。

しかし、母が亡くなってから父は変わった。

仕事を辞め、私達子供にも興味をもたなくなった。

そこから一気に転落していった。

そんな父親がお金を用意したなど信じてもらえるか微妙ではあったが、渚自身が用意したというのにはもっと無理がある。

「お父さんだって海のこと気にかけてんのよ」

「そんなはずねぇだろ」

「でもお金はあるのよ」

そういって通帳を差し出した。

「・・・マジかよ」

青波がさっそく振り込んでくれたおかげで、海は信じてくれたようだ。


渚は婚約成立となった後の青波とのやりとりを思い出した。

「あの、その・・・」

「生活費なら任せてください。弟さん達の学費などもすべてこちらで持ちます」

「それはありがとうございます。ただお金はいつかお返しします」

「そんな必要」

「いえ、ちゃんとしたいんです。弟にも顔向けできないですから」

まっすぐに目を見て言うと、青波はフッと微笑んで「やはりあなたは素敵な人だな」と言って、承知してくれた。

「なので、私が将来返せる程度の金額でお願いします」

「わかりました。渚さんの言う通りにします。早速この後すぐ送金しますね」

「ありがとうございます」


こんなにすぐに振り込んでくれるとは、帰りに記帳して驚いた。

通帳を海から受け取ると、海の頭をポンと叩いた。

「高校は行きなさいね」

「・・・わかったよ」

海はそういうとまた背を向けて、向こうにいけという感じで手を振った。

これでとりあえずは安心だ。


一息ついて、洗い物でもしようとふと台所を見ると、洗い物で溢れかえっている。

「はぁ・・・」

不慣れな料理をしてたくさん洗い物を出してしまったのだろう。

とはいえ、料理をして手伝おうとしてくれたことが嬉しい。

「姉ちゃん、何かあった?」

海里かいりが不思議そうな顔でこっちを見ている。

「どうしてそんなこと聞くの?」

洗い物をとめて、海里の方に向き直る。

「だって、姉ちゃんが嬉しそうにしてるのを見るの久しぶりだもん」

「そう?」

「うん。姉ちゃんが嬉しそうで僕嬉しいよ」

そう言って海里はぎゅっと抱きついてきた。

「ありがとう。海里が元気だから姉ちゃんは嬉しいんだよ~」

抱きしめかえすと、「俺もー!」と海斗かいとも走って来る。

「海斗もぎゅーだ!」

「姉ちゃん、海生もお願い」

海生が半泣きで海二に抱かれている。

「海二も海生もまとめてぎゅーだ」

みんなでぎゅーっとしていると、「何やってんだ」と呆れたように海がこっちを見ている。

「よし!みんなで海にぎゅーだ!」

「え、おい!やめろ!」

慌てる海に海生、海里、海斗、海二と抱きつき、その上から渚も抱き着いた。


これが私の宝物だ。

絶対に守り抜かなければならない。

それが自分の将来を明け渡すことになったとしても。


渚はさらに決意を固めた。


目を覚ますと、さすがに疲れが出たのかもう7時になっている。

思わず飛び起きるが、今日は土曜日で学校はない。

再び横になろうとすると、ぶるぶると携帯が震えている。

「こんな休みの日に・・・」

携帯を開けると、見たことない番号だ。

電話を切ろうとボタンを押そうとしたら、寝ぼけているせいか通話を押してしまった。

「あ、間違えた」

「もしもし?渚さん?」

聞いたことのある声がする。

「あの、もしかして久遠くおんさん?」

「そうです、青波です」

驚いて弟に聞かれないようにそっと家の外に出た。

「渚さん?」

「ごめんなさい。弟たちが寝ているので」

「まだ早い時間ですもんね。早く渚さんの声を聞きたくてついこんな朝から電話をしてしまいました。すいません」

「いえ、謝らないでください。どうされました?」

「今日は土曜日ですし、一緒におでかけ出来ないかと思いまして」

「お出かけですか」

「ダメでしょうか・・・」

青波が落ち込んだ声を出した。

青波はすぐに感情が顔や声に出てわかりやすい。

まるで子供のようだ。

流石に昨日お金を振り込んでもらった手前断るのも悪い気がする。

「行きます。ただ少し家事をしてから出たいので、14時くらいでもいいですか?」

「もちろんです!14時にお迎えにあがります」

「いえ、家にくるのはちょっと・・・。駅前のKOKOROカフェで」

青波が弾んだ声で「楽しみにしてます」と言って電話を切った。


「お出かけ・・・デートか・・?」


人生でデートなんて一度も行ったことがない。

(初デート・・・)


ぼんやりしていると、家の中から海生の泣き声がする。

またおねしょしたようだ。

ため息を一つくと、扉を開けた。

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