第4話 婚約成立

「ここだよね・・・」


レンガ造りの壁が続き、大きな門構え、そして奥には城のような大邸宅が建っている。

洋風の建築で、白い壁に青い屋根で3棟がくっついたような形になっている。

ここが恐らく先日連れてこられた家だ。

先日車で運ばれた時、車には大体10分程度しか乗っていなかった。

つまり、同じ町内である可能性が高い。

そう考えると、超大金持ちで城みたいな家と言えば、ここしかないのだ

大きく表札が出ている。


久遠くおん・・・」


インターホンも立派でカメラが付いているようだ。

うちのインターホンなんか半分壊れていて、音が割れている。

住む世界が違うというのは、こういうことを言うのだろう。

久遠家といえば、大きな会社をいくつも経営していて、この辺じゃ有名だ。

一人息子がイケメンだというのは、違う世界に住む渚の耳にも届いていた。


ゴクリと唾をのむ。


お金持ちの家なんてマンガやドラマではドロドロの世界だ。

自分もそんな世界に巻き込まれるのだろうか…

逃げ出したいような気持ちになるが、手元にはピンクのドレスがある。

返さないわけにはいかない。

震える手でインターホンを押そうとすると、押す前に門が開いた。

「よくぞお越しくださいました、なぎさお嬢様」

執事の声が聞こえた。

どうやらインターホンから話しているらしい。

見られていたのかと思うと恥ずかしくなってくる。

深呼吸すると、門をくぐって大きな家へ向かった。

家の前まで行くと、執事のおじいさんはすでに玄関で待っていた。

「どうぞ」と言われるがままに、家に入り、部屋に案内される。

前回と同じ部屋に通され、「坊ちゃまを呼んでまいりますので」

執事はそう言って、部屋を出ていた。

改めて部屋をみると、シャンデリアがあるし、カーテンも絵本にでてくるような大きくて煌びやかなデザインだ。

自分の服を見ると、何が書かれているかわからない英語の筆記体がプリントされたTシャツにジーパン、古ぼけたスニーカー・・・どう考えても釣り合っていない。

腹をくくってここに来たつもりだったが、この格好をみたらさすがにフラれるだろう。

恥ずかしすぎるが、引き返しようもない。

(ドレス返して、制服返してもらおう。クリーニング代は土下座して許してもらうか・・・)

そんなことを考えていると、扉が開いた。


「渚さん、来てくださってありがとう」


青波は嬉しそうに笑うと、また隣にきて優しく渚の手を取ると、手の甲にキスをした。

「わっ、あのその」

渚が戸惑っているのにも気にせず、青波は頭を下げた。

「渚さん、この前は強引にこの家に連れてきて申し訳ありませんでした」

「え、あ、はい。大丈夫です・・・」

「約束の誕生日がきたのではやる気持ちが抑えられませんでした」

青波はさらに深く頭を下げた。

「いえ、そんな、もう大丈夫なので」

「では許していただけますか?」

瞳を少し潤ませてこちらを見ている。

まつ毛が長い。

「はい、別に怒ってはいないですし・・・」

「良かった」

青波は心底ホッとしたような顔をして、優雅にゆっくり歩くと正面に座った。

「今日はドレスを返しにきてくださったんですか?」

「あ、はい。ただあの、そのクリーニング出来てなくて・・・その・・・」

雨上がりに走ったのでドレスの裾が汚れてしまっている。

「大丈夫ですよ。これは渚さんへのプレゼントするつもりでしたし、こちらでクリーニングして改めてプレゼントさせていただきます。あと・・・」

そういって「じいや」と執事を呼ぶと、綺麗にクリーニングされた制服が返ってきた。

「クリーニングまでしていただいて、ありがとうございます」

「お礼なんて言わないでください。渚さんは父の命恩人の娘さんであり、婚約者でもあるんですから」

自分で言って照れているのか耳が真っ赤になっている。

「あの、その・・・婚約者の件なんですが・・・」

青波が何かを察してか、悲し気に目を伏せて「はい」と小さな声で返事をした。

「父は久遠くんのお父様を助けたのかもしれないのですが、私の家は貧乏で、あまりにも住む世界が違うというか・・・」

「それは違います!僕は父の命の恩人の娘さんだから、婚約者になったわけではありません」

「いや、でも私なんて・・・」

「僕は見てました。気持ち悪いと思われるかもしれませんが・・・久遠家は昔から続く旧家でいくつか会社を経営している関係で、婚姻関係を結ぶにあたって渚さんの調査をさせていただきました。そこで、渚さんのことを知ったんです。そこで渚さんの魅力に気づいて、そこからもう渚さんのことばかり考えるように・・・」

そこまで言って恥ずかしくなったのか、青波は「すいません」と照れくさそうに笑った。

タイミングよく、メイドさん紅茶を運んできた。

青波は紅茶をゆっくりと飲むと、一息ついた。

「渚さんも飲んでください」

「あ、ありがとうございます」

紅茶を飲むと、カモミールのいい匂いがする。

「カモミールティーだ」

懐かしくて思わず、声を出てしまった。

「美味しいですよね、ハーブティー」

「昔、母がよく飲んでたんです。リラックスできるからって、私がイライラしたらいつも淹れてくれて・・・母はいつも笑ってたな」

紅茶を見ていると、母の笑顔が浮かんでくる。

いつも優しく微笑んで見守ってくれていた。

「思い出のお茶なんですね」

「はい」

「じゃあこれから一緒にお茶を飲むときはカモミールティーにしましょう。僕も大好きなので」

これからもと言われて本来の目的を思い出した。

これからのことについて話すために来たのだ。

「あの、婚約についてなんですが」

「はい」

青波が腹を括った顔でこちらを見ている。

「前向きに検討させていただきたいと思ってます」

渚がそういうと、パッと顔を輝かせて渚の前までくると、両手をぎゅっと握った。

「本当ですか?」

「え、あ、はい」

「すごく嬉しいです。こんなに幸せな日は初めてです」

笑うと出る八重歯が可愛らしい。


「では、婚約成立ということで」

執事が小さな小箱を持ってきて、青波は受け取ると、渚の前に膝をついた。

「渚さん」

青波は小箱を開け、渚の左手を手に取った。

「これから宜しくお願いします」

そう言うと、薬指に指輪をはめた。

こうして、青波との婚約が成立した。

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