ずっと、なつやすみ!

伯谷 陽太(ハカタニ ヨウタ)

ずっと、なつやすみ!

 俺だって昔は…。あと少し時間があれば…。4年前に戻れたなら……!。


 月曜日の14時。22歳にもなって、ずっと実家のテレビの前で置き物の様に転がっている。

 それが俺、永終夏英ながお なつひで。頭を掻きながらキッチンに目をやる。

 今日は焼き鮭みたいだ。母や父の背中を見ているとなんとも言えない感情が湧く。


 親は去年の秋辺りから何も言わなくなった。今では初めからそうだったと思ってしまう。


 型落ちしたガラケーを手に取り、メールを確認する。最後の日付は2年前。あの時はまだ未来に向かえば何かがあると信じていた。

 成人式の皆んなは着物を着ていた。ただ、その姿に自分だけ追いつけてない気もしていた。


「あれから2年か……」


 写真フォルダの半数は高校生活が占めている。今の自分自身の心みたいだ。

 学生時代は人生の夏休みというが、それが明けないまま大人になった自分自身は何者なのだろうか。


 気づけば19時の針が回っている。今日もこれだ。明日は何かが出来るだろうか。結局、次の日も何もしないのだろう。

 そう、心の中でつぶやいた。


チリジジジジッッーー


 目覚まし時計と小鳥が鳴き始める。

 ガラケーを開くと5時23分と表示されている。

 普段より7分も早い。今日は良い日になりそうだ。この時間感覚は維持していたい。あれから二転三転ほど昼夜がわからない時もあった。空が青白く澄み切り、学生の声が聞こえ出すと寝てしまう。

 その時期は精神的に滅入ってしまっていたな。と、朝にしては思考が回っている。


「やっぱり良い日になりそうだ」


 部屋の机の上に転がるカロリーメイトを1つ口にして朝食を終えた。

 これから30分ほどランニングを行う。労働者ではないニートだからと言って太っている訳ではない。そんな偏見は消したいものだ。

 実際、有り余る時間で鍛えている。


 この1年で作り上げた肉体は唯一の肯定が出来る。ただ、一目に晒す機会は微塵もない。宝の持ち腐れ、この言葉がピッタリだ。


 空気が明るくなり出す。次第に通行人が増えていく。学生の通学が始まる前にとっとと家に戻った。


 父は働きに出ている。定年までは十何年だろう。毎日20時には帰ってくる。「おかえり」の一言でも言えたら気が楽だろうな。


「労働ねぇ……。」


 ずっと1人でテレビと向き合い続ける日々。今日と昨日の違いは昼食の内容でしかない。

 リビングの秒針は回っている。自室の時計は壊れてしまって動かない。

 高校3年の頃、友達を呼んで遊んだ時に壊れたんだっけか。

 今更直す気にもなれない。


 今日は珍しく母が出かけた。テレビから発せられる音以外の全てが鳴り止んだ。

 静けさの中から突然新しい音が響く。発信源はポケットの中。ガラケーからだ。


 手に取ったが、確認した所で迷惑メールか何かだ。特段気にせずソファに放った。


 20時になった頃には両親は帰ってきていた。黙々と食卓に並べられる晩飯を久々にリビングで食べた。


 今日は火曜日だ。まだ1週間の半分にも満たない。焦ることはない。ゆっくりしよう。

 自分を諭し、安心した。今日も変わらない日を過ごしたな。これが良い日なら、毎日が最高だろう。

 時刻は0時を回った頃、眠りについた。


 翌日、起きた時には正午だった。恐らく今日も変わらない。それが異常かも知れないと思えてる今はまだ自分は正常だ。

 そうなのか?そうなのだろう。


 太陽が天辺にいる時間帯に食べる朝食は特段美味いわけでもなく、普通だった。

 そんな自分を横目に、ふいに母が語りかけてくる。


「おととい直樹くんに会ったわよ。あの子はもう子供も居るんですって」


「まぁ、あいつはな……」


 夜道直樹《よるみち なおき》、高校の親友。確か最後に連絡したのは2年前だ。

 それ以降あいつも忙しそうだったから邪魔だと思って連絡もしてなかったな。


「“ヒデも元気にしてるか“って。……」


 ヒデねぇ。最後にこう呼ばれたのもずっと前だ。ここ数年は行きつけのコンビニの店員としか他人と話していなかった気がする。


 これ以上の会話は続かなかった。部屋に戻る気力も出ない。ただ、親友だと思っているナオキがもっと自分より遠くに行ってしまった様に思えた。

 いや、ようやく自分が置いて行かれてたと気付けたのか?

 ……置いて行かれてなんか。


「寝よう」


 やる気を振り絞って部屋のベットに潜った。時刻は社会人の昼休憩が終わる頃。夏英は夢を見ないと祈りながら再び眠りについた。


 この日は19時に起きたが、語らう事も無かろう。だって夏英の時は止まったままなのだから。


 いつの間にやら木曜日となり、1週間に終わりが見えてきた。テレビを見る訳でもない。もちろん本などを読む訳でもない。ただただ、この場で生きて二酸化炭素を放出するだけの存在。



 それに何もしなくていい理由だってある。新しい情報なんか必要ないからだ。ガラケーを片手に握りしめて自己を肯定する。


 その時、手の中から振動を感じた。音が響いたのだ。メールが2件きている。相手は……。

 ナオキ。そう書いてあった。


 メールを開くと2日前にも送っていた様で、「元気か?」と送られている。

 取り繕った明るさで、「元気だぜ!ナオキはどうだ?」と送り返した。

 高校生の毎日はガラケーでずっとくだらない会話をしてたな。今やガラケーを使ってるのは自分だけだ。夏英は小さい画面に思いを馳せた。


 昼頃になった。ナオキも休暇に入ったのか、追加のメッセージが2通も届いた。

 「元気そうだな!」と「今週末同窓会開くけどくるか?」、この2つだ。

 同窓会に行けば久しぶりにあいつらに会えるはずだ。でも、今の自分が行っていい場所じゃない気がする。

 無意識のうちに「考えとくわ」という曖昧な回答を送っていた。

 つくづく自分に呆れてしまいそうだった。いっその事断ればいいと夏英の理性は諭している。それでも未練がましい自分が一層嫌になった。


 その後、1通追加で来たが目を通す気にならなかった。こうやってまた逃げてしまうんだろう。


 こんな自分がとても憎かった。


 夜。無造作に伸びきっていた髭を剃った。まだ行くと決めた訳じゃない。けど、この感情のままに動くしかなかった。

 憎い自分とずっと生きていくのは辛いかも知れない。それよりもあいつらに置いて行かれたくなかった。


 父が洗面所に入ってきた。


「髭剃るなんて珍しいな。その勢いで働いてほし……。まぁ頑張れよ」


 父は誰よりも心を隠すのが下手だと思う。自分自身を隠して逃げてきた夏英からすれば全く違う人種だ。それでも、そんな姿に小さい頃は夢を見ていた。

 だけど、今はそんな父が苦手だ。自分の背中に置いてある影になんの気無しに踏み入ってくる。

 母の方がそこは幾分かマシだ。

 この2人に感謝を言える子に育つ事が出来れば人生は違うものになったと思う。


 シェーバーを軽く洗って片付けた。


 22時半になっても眠れない。生活リズムがまた崩れだしたのか、と感じたが心は遠足前の小学生であった。

 しかし、その中にある一抹の不安。なんとも言い表せないそれが胸を締め付けてくる。

 言ってしまえば、あいつらに合わせる顔がない。という表現が一番近かった。


 居ても立っても居られずに、外に出た。夏の終わりの風が妙に心を撫でている。

 それでも安心できない気持ちを整理するためにいつものコンビニに向かった。


 店に入る。「いらっしゃいませ!」とコンビニの店内放送が歓迎してくれた。

 この時間だ。客もいなければレジも1人。ここよりも落ち着く場所があるなら知りたいぐらいだ。


 ホットココアとコーヒーを買った。どっちも温かいが、1人で飲むには寂しさをより一層感じさせる。


 夜に大の大人がコンビニ前でたむろしてるのか。そんな事が頭によぎった時、後ろから声がかけられる。


「……ヒデ?」


 少し戸惑っている様だった。夏英にとって何よりも懐かしい声。忘れるはずもない。その主はナオキだと瞬時にわかった。


「久しぶりだな!」


 理性よりも先に大声が出た。たまたま通りかかった通行人がこちらを見ている。

 冷静になったのか、少し気恥ずかしく小声になった。


「2年ぶり。こっちに帰って来てたのか?」


「少し休みを取ってな。ほら、今週末に同窓会があるだろ?ルミも来るらしいしヒデも勿論こいよ!」


 またまた懐かしい名前だ。柊瑠美ひいらぎ るみ。自分と、ナオキとルミは高校時代、極小の軽音部に3人で3年間活動していた。

 あの学校近くの公園で何度叫んだやら。子供時代は思いの丈がずっと身近にあった。


「行けたら、な」


「ぜってぇ来ねぇじゃん」


 一瞬、まだ自分は高校生だと。この数年は嫌な夢だと勘違いしていた。しかし現実は非常であった。


「仕事みつかったか?」


 その一言だった。親友からも逃げてしまいそうだった。

 搾りかすみたいな虚栄心を張って答える。


「……ぼちぼち、」


 ナオキは時間に制限があるのか、時計を横目で見ていた。

 そんなナオキにコーヒーを渡した。その行為は、少しでも繋がりを残したい意思の表れなのかも知れなかった。


「夜遅いしな。これやるよ」


「ありがとな。明後日の同窓会には絶対だからな!」


 会話は終わり、ナオキは新車だろうか。綺麗な車に乗って行った。


 今日は珍しくいい夢が見られた。


 金曜日。覚悟は決まっている。明日、みんなに会えるんだ。何も緊張するほどじゃない。はずだ……。


 2年前に着たっきりのヨレヨレになったスーツを手に取った。今の自分は不思議と少し喜んでいる気がした。


 懐古と未来への不安が入り乱れながら脳内を掻き回し続けている。

 興奮が冷めやらぬままに1日が終わった。体感、普段より倍近く早く終わった。


 土曜日となった。この日は歪んだ時間感覚で13時に起きた。

 同窓会は18時からとメールに入っている。


 遅めの朝食を摂り、スーツにアイロンを入れた。準備は万端だ。強く念じた。しかし、足はなぜか震えが止まらなかった。

 17時に家を出た。


 次に時間を確認した時には18時半だった。何も、家を出るのが遅かったのが理由じゃない。

 ……やっぱり行けなかった。

 ナオキ、それとルミからも何通もメールが来ている。

 でも駄目だった。昨日は深夜テンションにでも飲まれてたのだろう。


 それでも心残りを探ってるのか、あの公園に来ていた。辛いこと、嬉しいこと。高校時代は何かあれば3人でここに来ていた。

 時刻は20時。おそらく同窓会は終わり始めている。


 うずくまって泣くしかなかった。俺だって最初は。これは言い訳に過ぎない。面接よりも人助けを優先した。

 結果落ちた。でも自分で決めたことを恨むのはお門違いだった。だから逃げ続けた。


 思い馳せている間に睡魔に襲われ、ブランコの上で寝ていた。


トントン。


 誰かに肩を叩かれて起きた。ガラケーを開くと21時も終わりそうな時刻。

 顔を上げてみると、目の前にはナオキとルミがいた。


「ヒデくん、久しぶり!」


「ヒデ〜。同窓会こいって言ったじゃん」


 何がなんだかわからなかった。正直まだ夢の中だと思って頰を強く引っ叩いた。とても痛かった。


 そんな姿を急に見せられて2人は驚いたが、声をかけ続けた。


「辛かったんだろ。別に焦ることはねぇよ」


 ナオキが諭す。それに続く様にルミも語った。


「嫌なことがあったら昔みたいにカラオケでもパーっと行こ!誘ってくれたら行くからさ!」


 そんな会話を続けた後、ナオキが缶ビールを取り出した。


「3人で二次会をしようぜ」


 その後は何時間話したか覚えていない。それでも楽しかった。救われた気がする。

 いつかは終わりが来る。この時間にも。


「また今度!」


 2人と公園で別れた。星がとても輝いて見えた。ガラケーを手に取り、少し電話の記録を遡る。


「もしもし、母さん。えっと、あのさ……。もう一度がんばってみるよ」


 酔いが覚めてもこの覚悟だけは忘れずにいたい。逃げた時は今日を思い出せ。

 明けない夏休みがとうとう終わった気がする。

 夜の公園に、拳を握りしめた。


チリジジジジッッーー


今日も6時。明日も6時。この時間に毎日起きられてるだけでも喜べた日もあったなぁ。

 ネクタイは未だに着けにくい。それでもスーツを身にまとい、扉に立つ。


「行ってきます」


END

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