事例2 『私とスペクター』‐1

 オリビア師匠からもらった「人に尽くせ」というお告げのもと。私は盲目の僧侶のごとくだった。尊敬する人の言葉に従って、まるで呪いにかけられたみたいに依頼の旅を続けてきた。


 これまで47件の頼みごとをこなしてきた。私は人々の要請に応じるがままに、歩いていくことしか能がない女である。数多くの人の願いを叶えてきたが、どれもこれも味気のない人間模様を見せられてばかり。楽しいことはあまり無い。でも辞められないのはなぜか。

 どうして必死に仕事をこなしているのか、何を道しるべに生きているのか。私がここまで頑張る意味とは。正直にいうと私はそれらの問いに自信をもって答えることができないでいる。


 生きているのか死んでいるのかわからない。師匠にも厳しく諭されたことだが、私の今の状態はずばりその一言で説明がついた。

 私の生きる目的は曖昧模糊としており、常にゆらゆら揺れ動いている。まるでこの心は柔らかい寒天のように一点に定まることがない。

 わからない。なにもかも。でも、この先に師匠の夢見ていた景色があるのだと信じてしまうと、身体が勝手に動きだす。


 人を助けろ。誰かを笑顔にしろ。寝ても覚めても、そんなことばかりが頭の片隅から離れないでいる。まさか私はゾンビになってしまったのではあるまいか。そう疑ってしまいたくなるほど、ただ漫然と、この心は亡き人の想いに引き寄せられていく。


 さて今日も飽き足らず、私は名も知らない人里に立ち寄っている。

 そこは村民の不審死が相次ぎ、行方不明者が後を絶たなかった。別名「死の里」といわれ近隣地域からも恐れられていた。


「ここもか……」


 私がその地に訪れたときには、すでに手遅れだった。人里とは名ばかりで人間が住んでいない。

 廃墟となった民家の数より、道中の立て看板のほうが多かった。それよりも断然気になったのは、溢れんばかりの死霊の数である。有象無象の魂が、生者が消えた代わりみたいに至るところで蔓延っている。


 荒廃した集落の土のなかには、人骨が埋まっていた。犬が掘れば果たして何人分の頭蓋が出てくることだろう。

 滅びゆくその地には、物音ひとつも響いてこない。戦争によって沈みゆく人間社会、終わっていく世界の一端を垣間見た気がした。


「ねぇ、そこにいるのはわかっているのよ」


 私は朽ちてむき出しとなった家屋のなかへ、言葉を投げかけた。


「おい亡霊。いるなら返事ぐらいしなさい」


「な……え?」


 死後の人の魂というのは、たいてい無害だ。

 多くの生命は肉体が死ぬとともに霊魂もあの世へと還る。

 だが稀に、自ら現世に留まろうとする奴らが現れる。彼らは「スペクター」と呼ばれ、人々から忌み嫌われていた。


「あなたの仕業でしょう。この里の人たちを大勢殺したのは」


「貴様、俺が見えてるのか?」


「そりゃあね。逆に見えない方がおかしいでしょう」


 死に装束を着た、半透明の男。

 そいつが私の前で生きた人を呪い殺している。足下に注目してみると、ちょっとだけ相手のつま先は浮いていた。

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たそがれ魔女の一期一会 いりえ @mebukijika

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