事例1 『私と師匠とゾフィ』‐7

 たぶん、それからの数日間は私の人生で最も鬱々とした日々だった。

 オリビア師匠の死をみんなに知らせるとき、私はどんな顔をしていただろう。もはや忘れてしまった。


 他人から彼女の死因について問われるとき、いつも言い淀んでしまう。

 死霊術の説明をするところから始まり、彼女がどれほど危険な状態にあったのか。私は彼女がかろうじて生きていくための補助をしていたこと。誰も信じてくれないけれど、最期は彼女の意思で魔法を拒み、この世から去っていったこと。


「彼女らしくない最期でしたよ」


 私はいつも、そうやって付け足す。

 彼女はどうして自ら死を選んだのか。魔力を断っていなければ、まだ生きることはできたはずだ。


 いや。それらはすべて私の言い訳だった。

 私は、師匠が戦争の記憶に苛まれていたことを知っている。大好きだった魔法もろくに使えない己の身に、寂しい思いをしていたことも知っている。人助けがしたいとベッドの上でもがいていたことも知っている。

 頭ではわかっている。師匠が、この世界で生きる価値を見出せなくなっていたことも。まともに自分の力で立って歩くこともできない、情けないあり様に絶望していたことも。なんとなくわかってる。けれど見て見ぬふりをしていた。


 わかっていたけれど、こんな別れ方はあんまりではないか。


 なぜもっと傍に寄り添ってあげようとしなかったんだろう。

 なぜもっと話を聞いてあげようとしなかったんだろう。

 もっと心を通わせていたら、彼女の本心が聞き出せたかもしれないのに。

 なぜ、なぜ私は師匠からのとびきりの愛情に応えようとしなかったんだろう。「大好き」とか「愛してる」ってもし言っていたら。「あなたのいない世界は寂しい」って。彼女に生きる意味を、わずかでも刻みこめていたら状況は違っていたかもしれないのに。


 私はこれまで、何をしていたんだろう。


 師匠の満足しきったように眠る姿を、棺に納めるとき。その身を土のなかに埋めるとき。レットウットの教会の鐘が鳴りわたるとき。私は涙一滴も出すことができなかった。私は大切な人との別れに際しても、感情を湧かせることがなかったのだ。


 従者たちは悲しみで立ち眩み、ゾフィは私の手を強く握りながら大声で泣いていた。

 街の人々は、慕っていた魔法使いの訃報を聞きつけ、ほぼ全員が葬式に立ち会ってくれた。国のお偉いさんや、魔法界のトップも式に参列していた。「国家の英雄」という称号のもとに、師匠の命はゆっくりと弔われていった。


「残念でならないよ。君の心中が苦しいこともお察しする」


「ありがとうございます」


「だが君にはこれから死霊術師の代表として、頑張ってもらわなければ。今はつらいだろうがどうか前を向いてくれ」


 魔法界で権威のある人からは、そんな空気よりも軽い慰めの言葉をいただいた。

 師匠が持っていた「死霊の魔女」という位は、葬式の日から弟子である私に移譲されることが決められた。かくして私は正真正銘の魔女になった。 


 「人に尽くせ」。師匠がいなくなった日から、ずっとその言葉が頭をかけめぐっている。

 人に尽くして、その人が死んだらどうすればいいの?また誰かを好きになったら?そのくり返し?


 終わりのない迷路をぐるぐると巡っていくかのようだ。師匠に人を好きにならなければいけない理由を聞きたいのに、この世にもう彼女はいない。


「なんでママは死んじゃったの?」

 

 葬式のあと。家に帰ってから、ゾフィにそう尋ねられた。


「私もそれを考えてた」


「アンネもわからないの?」


「うん……。ちっとも」


 わかりたくない。オリビア師匠が死ぬことを望んでいたなんて、虚しすぎて心が受け付けなかった。


「ママと、もっと遊びたかった」


「そうね……」


「大きくなったら私の魔法をママに見せたかったの」


「うん」


 言葉をかけるより先に、私はゾフィを抱きしめていた。頬のやわらかい感触と、小さな肩の丸み、彼女の涙の熱い水気を感じる。


「なんで人って死んじゃうの?みんないつかは、消えて居なくなっちゃうの?」


 彼女の問いに、なんと答えたらよいのか。私だってまだそんなこと、全然わからない。


「ねぇ……アンネ……」


「大丈夫。あなたはそんなこと考えこまなくて、いいのよ」


 私とゾフィは親を失ったものどうし、心をじっくり休めながら同じ家で暮らした。死にゆく人の影を、いつも近くに感じながら。

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