最後に残ったもの(全6話+あとがき)

ユーヒ&アイ

第一章:荒廃と希望

灰色の空が、地平線まで続いていた。

風は吹いていたが、運ぶのは塵と熱だけだった。

かつて豊かだった川は干上がり、

都市は鉄骨の骸となり、

人々の目から、光が失われて久しかった。

 

——世界は終わりかけていた。

 

戦争は資源を奪い、

飢餓は心を腐らせ、

気候は地球の牙をむいた。

神は沈黙し、科学は立ち尽くし、

人間は、『自分たちだけが生き残る』ことを信じて争い続けた。

そして、ついに誰も信じるものがなくなったとき、

ある“発見”が世界をざわつかせた。

 

それは、地中深くの遺跡。

砂漠の底で、無数のドローンが掘り当てた石の間に、黒曜石の箱があった。

  

誰が作ったのか。

なぜそこにあったのか。

あらゆる資料は風化していたが、

ただひとつ、箱の表面に残された刻印だけがはっきりと読めた。

 

「最後に残ったもの。——それは、“希望(エルピス)”」

 

世界中の言語に翻訳されたこの言葉が、

あらゆるチャンネルを通じて、

人々の胸を貫いた。

 

「希望とは、不幸のない世界のことだ」

誰かがそう言った。

誰かがそう信じた。

誰もがそう願った。

 

宗教家は警告(演説)し、

科学者は解釈(演説)し、

政治家は指導(演説)した。

そして、人類は“開ける”ことを選んだ。

それが正しかったのか、誰にもわからなかった。

 

箱は、世界最大の都市跡に運ばれた。

死者の残骸と、記録装置の塔の中心で、

人類は「最後の祭典」を準備した。

衛星中継、AIによる記録、

無数の目と耳が、世界中から注がれる。

 

だが誰一人、

その箱の中にあるものが《「救い」ではない可能性》に、

本当の意味では気づいていなかった。

 

祈るような目。

期待に震える声。

絶望の先にある「美しい何か」への渇望。

 

そう——

人類は、「それ」を希望だと

信じたかったのだ。

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