進化論
今野寛人
第1話
とあるマンションの303号室に住む鈴木さんは、日々の生活に深刻な悩みを抱えていた。それは、真上の403号室に住む佐藤さんの存在だ。佐藤さんは、夜中に謎の実験を繰り返す変わり者で、天井から「ガシャン!」「ドカーン!」といった爆発音や、異様な唸り声が響き渡るのが常だった。
ある晩、耐えかねた鈴木さんが403号室の扉を叩くと、佐藤さんが白衣姿で現れた。彼の周囲には、煙が立ち込め、部屋の奥からは奇妙な機械音が聞こえる。
「佐藤さん! いい加減にしてください! 毎晩毎晩、一体何をやっているんですか!?」
鈴木さんは憤慨した。
佐藤さんは目を輝かせ、興奮気味に言った。
「おお、これはちょうど良い! 今、人類の歴史を塗り替える大発見の瀬戸際なんです! 私はね、人類の進化を加速させる装置を開発しているんです!」
鈴木さんは呆れた。
「進化? そんなもので天井をぶち抜かないでください!」
「いや、しかし、進化は常に大胆な試みの先に…」
佐藤さんは熱弁をふるう。
その瞬間、部屋の奥からけたたましい爆発音が響き、佐藤さんの白衣が焦げ付いた。部屋中に、焦げたパンのような、あるいは何か生物が燃えたような異臭が充満する。
「うおおお! 今のは!?」
佐藤さんは叫んだ。「やはり、もう少し遺伝子レベルでの調整が必要か…!」
その夜も、真上からは相変わらず「ドカーン!」「ガシャン!」という音が響き、時折、カラスのような鳴き声が混じるようになった。
数ヶ月後、鈴木さんがゴミ出しのために廊下に出ると、403号室の扉が開いていた。中を覗くと、佐藤さんが、部屋いっぱいに散乱した鳥の羽と、焦げ付いた機械に囲まれて、床に座り込んでいた。彼の頭には、わずかにだが、黒い羽毛が生え始めていた。そして、彼の横には、やたらと知的な目をした一羽のカラスが、首を傾げていた。
「…佐藤さん、まさか…」鈴木さんは言葉を失った。
佐藤さんは、かすれた声で答えた。「ええ…どうやら、実験に失敗したようです。遺伝子操作ミスで私の知能もだいぶさがってきました。しかし、このハトは…私の失敗作から生まれた、新種の超知能カラスです。私より賢い」
そのハトは、鈴木さんの方を向き、一言。「…あの、すみません。そちらの、『人間の食べ残し』は、私がいただいてもよろしいでしょうか?あと、毎週金曜日に地域のゴミ捨てネットをどけてほしいのです。」
鈴木さんは、何も言えず、ただゆっくりと扉を閉めた。生命の進化は、思わぬ方向へと進んでいた。そして、彼女の悩みの種は、さらに増えたのだった。
進化論 今野寛人 @glimmering-world
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