骨董品店にて

今野寛人

第1話


とある古びた骨董品店「時の忘れ物」の薄暗い片隅で、埃をかぶった小石がひっそりと転がっていた。店主のエルモアは、もう80歳になるというのに、その小石を愛おしそうに眺めるのが日課だった。

「これはな、若いの」

エルモアは、たまたま店に立ち寄った若い歴史学者に声をかけた。

「これは賢者の石じゃ。錬金術師たちが血眼になって探した、あの石だ。」

若い学者は鼻で笑った。

「まさか。賢者の石は伝説上の物質ですよ。それに、ただの河原の石に見えますが。」

「ふむ」

エルモアは眼鏡の奥の目を細めた。

「しかし、この石には不思議な力がある。持っていると、あらゆる困難を乗り越えられるようになる。」

学者は興味なさそうに、他の品々に目を移した。しかし、その夜、彼の研究室で締め切りに追われ、論文が行き詰まった時、ふとエルモアの言葉を思い出した。冗談半分で、彼は次の日、エルモアの店を訪れ、その石をわずか10ドルで買い取った。

研究室に戻り、半信半疑で石を握りしめながら論文を書き始めた。するとどうだろう。今まで膠着していた思考が、まるで堰を切ったように流れ出したのだ。新しいアイデアが次々と浮かび、筆は止まることなく動き続けた。彼は驚き、興奮した。

数日後、見事に完成した論文は学界で絶賛され、若き学者は一躍時の人となった。彼は「賢者の石」のおかげだと確信し、エルモアに感謝の念を伝えるため、再び「時の忘れ物」を訪れた。

「エルモアさん! あの石は本物でした! おかげで私の論文は…」

エルモアはにこやかに言った。

「そうだろう、そうだろう。おぬしの中にあった才能が、あの石を持つことで開花したのじゃよ。」

学者は感動した。

その帰り道、エルモアは店の奥の戸棚から、全く同じような小石をもう一つ取り出し、あえて目立たぬようにことりと店の隅に置いた。彼はかつて、世界各地から集めた「ただの石」を、適当な物語を添えて売っていた。その小石は、彼にとっての「賢者の石」であり、戸棚の中にはまだ何百個も残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

骨董品店にて 今野寛人 @glimmering-world

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ