第2話
翌朝、二人はいつものように朝食を囲みました。けれども、楽し気な会話は一つもありません。ヤコブが「今日は何をする?」と微笑み交じりに尋ねても、イシュマエルはぶすっとして何も返さないのです。
居心地の悪い朝食を終えた二人は農作業に出ました。いつもだったら陽気に鼻歌を歌っているイシュマエルは、朝食の時と同じように黙りこくっていました。
空が茜色に染まったころ、車輪の音と牛の鳴き声が遠くの方から聞こえてきました。二人はチューリップの球根がいっぱいに詰まった樽と、オレンジがいっぱいに詰まった樽を一つずつ用意していました。
「今日は、オレンジ一つ、チューリップ一つかい」
牛車から降りたおじいさんは、樽を一つずつ荷台に乗せると、お金の入っている袋を取り出しました。
「それじゃ、ヤコブさんは金貨二枚、イシュマエルさんは銀貨一枚」
「どうして、ヤコブが二倍で、俺は半分なんだ?」
眉間に皺を寄せたイシュマエルは、両手を握りしめて怒りを滲ませた声で尋ねました。
「それが世間の原理だからだよ」
イシュマエルの剣幕に気後れしたおじいさんは、一刻も早くここから立ち去るために慌てて牛車に乗りました。そうして牛の背を鞭で力強く叩いて、いつもより早い速度で王宮の方へと去っていきました。
おじいさんが去っても、イシュマエルの憤りは収まりません。朝から抱えていた不機嫌は、同じ仕事をしているヤコブが手にした二枚の金貨のために煽られたのです。
二人はいつものように揃って家に戻りましたが、イシュマエルはヤコブに見向きもせずお風呂に入りました。普段であれば、お風呂から上がったら「空いたぞー」と声をかけてくれるのですが、イシュマエルは黙って脱衣所から出て、そのまま自分の部屋に戻ってしまいました。
ヤコブはイシュマエルがどうして怒っているのか、点で分かりませんでした。彼はいつも通り夕飯の支度をして、「ご飯だよー」と階上の彼に話しかけ、日常を送ることしかできなかったのです。そして、普段とは異なり彼が下りてこない現状に首をかしげるのです。
一人で夕飯を食べ終え、ヤコブは寝る支度をして、いつも通りお祈りを捧げました。その傍らには、すっかり冷めきったスープとカチカチのパンが置いてありました。
二人でするはずのことをたった一人で行い、「おやすみ」と声を掛け合うことなく、ヤコブは寂しく就寝しました。
二人の部屋は酷く薄い壁を挟んで隣り合っています。ですので、あくびやいびき、布が擦れ合う音すら聞こえるのでした。
ヤコブの寝息が聞こえてきた頃、イシュマエルはコンコンと壁を軽く叩きました。熟睡していたヤコブは、その音に気付きません。それが不服なイシュマエルは、先ほどよりも強く壁を叩きました。
音と振動はヤコブの部屋まで届き、ヤコブは微睡む目を擦りながら起き上がりました。「どうしたんだい?」、ヤコブは隣室まで届く声で尋ねました。ですが、返答が帰ってくることはありません。帰ってくるのは、ノック音ばかりでした。
その日一日の無礼と就寝を邪魔する所業に、ヤコブはイシュマエルと同じように憤りを覚えました。もっとも、『友人間での無礼』ほどの憤りです。
ヤコブは「明日、俺も同じことをしてやる」と意気込むと、耳をふさぎ、掛布団の中にうずくまって寝てしまいました。
その晩、二人の寝室には規則正しいノック音が響いていました。
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