第39話
今日も岳は学校に来なかった。室井は何度も電話をしたようだが、繋がらなかったと今朝、連絡があった。
昨日、室井から岳を助けてやって欲しいと言われた。僕はそれを快く受け入れた。室井はテーブルを超えて僕を抱きしめてきたのには、気分を害さずにはいられなかった。どちらにせよ室井の性質は同じようだ。
一日の授業が終わり、僕は屋上に向かった。あれからまた鍵を拝借してスペアを作っておいたのだ。事件が重なり誰も屋上の鍵が無くなっている事に気付かなかった。これからの事を色々と考えていたのだが、屋上に立つとそれが答えのような気がしてならない。
僕は細く息を吐き出し職員室へと向い岳の事を聞く事にした。
放課後の職員室は、授業中のように教師がいない。部活動の顧問をしていたり、事件の処理に追われているのもあるのだろうが。電話をしている中津川の丸まった背中を見つけた。近づくにつれ話している内容が聞こえてくる。暫く待ってから中津川に声を掛けた。
「先生」
「大野くん。どうしたの?」
「昨日、今日と諏訪部君はどうしたんですか?」
「あら? 聞いてないの? 熱が出たから休んでいるのよ。仲のいい大野くんに連絡をしていないのなら、かなり悪そうね……大丈夫かしら」
「そうなんですね。じゃあ一度寄ってみます」
「ありがとう。本当は私が行きたい所なんだけど……今日も夜遅くなりそうだから」
「大変ですね」
中津川は表情を作るのに苦労していた。
陽が暮れグラウンドから聞こえる運動部員の声は、近づく暗闇に音を吸い取られた様に静かになった。僕は家に帰らず、学校に身を潜めていた。
見廻りの先生もいい加減で、教室の前後にある入口の施錠は確認していたが、廊下側にある窓は確認せずに巡回していった。僕は時間を確認して屋上に向う事にした。
予定よりは早かったが、屋上入り口の正面とは反対の壁に隠れて、時間が来るのを待つ事にした。
暫くして鉄の扉が開いた。屋上に来たのは二人で、一人は黒部でもう一人が彼女だった。入口と屋上の端までの中間地点で、二人が立ち止まった。
まだ冬じゃ無いとは言え、夜の屋上はかなり冷えた。上着は来ていたが、何かもう一枚欲しい肌寒さだ。少し場所をずらし聞き耳を立てる。ちょうど風下だった事もあり、二人の話す内容が聞き取れた。
「で、何?」
「黒部くん。どうして野元君をイジメていたの?」
「はあ? 知るか ブス。てか金は?」
「質問に答えてくれたら、渡すわ」
「てかさ、あいつが俺を虐めてくれって言ったんだぜ? なんでその通りにして責められなくちゃいけない訳? 死んだのはあいつの勝手。俺ら関係ねーじゃん! なのに化けて出てくるわ何なんだよ!」
強気な事を言っている割に、その存在に恐怖を感じているのは丸わかりだった。お菓子をお預けさた子供みたいで何だか笑えるが、声を出す事は出来ない。
「ねえ? 彼に謝った?」
「だから、何で俺が謝らないといけねーんだよ! 俺が提供した遊びを皆、楽しくやってたじゃねえか。教師もよ」
「……あなた達のせいで彼は死んだのよ。あなたも反省しないのね」
「え?」
馬鹿な黒部も言葉の中に含まれる違和感に気付いたのだろう。頼りない月明かりでその挙動が見て取れた。いつの間にか彼女の手に光る鋭いナイフが握られている。とうとう始まる。
その時だった。大きな音が屋上に響き渡り、もう一人の主人公が到着した。
「止めろ!」
勢いよく岳が二人の元へ向かう。そして
「え? 何で」
最初のセリフが何とも間抜けな言葉に吹いてしまった。
「誰だ? 誰かいるのか?」
岳に気付かれた僕は、隠れていても仕方が無いので、手を上げ兵士が降参するように三人の前に出て行った。
「こんばんは」
黒部も彼女もかなり驚いている。岳も驚いているが二人程ではない。
一番最初に口を開いたのは意外にも岳だった。
「大野、知っていたのか?」
「何を?」
「とぼけるな! 宮川や前田を殺した犯人をだ!」
どうやら岳は怒っているらしい。案外短気な所もあるんだと感心していた。
「ああ、宮川の時も見かけたって言ったでしょ?」
「お前は郷田先輩だって言ってたじゃないか!」
「僕は『郷田先輩』だとは一言も言っていない。岳が勝手にそう思い込んでいただけじゃないか。それに君は正確に僕に答えを聞いてはこなかった。責められる覚えはない」
ピシャリと言い放つ。
「どうして諏訪部くんがここに?」
彼女がやっと口を開いた。
「俺は……野元海人の双子の兄弟だからです」
「えっ?」
黒部と彼女の声が重なった。殺されるかもしれない人間と殺そうとした人間の息が合うと言うのは、おかしなものだった。
「小学生の頃、代々酒蔵をしている親戚の家に子供が出来なかった。でもどうしても跡取りが欲しかった親戚が、両親に頼みこんで海人を養子に出したんだ」
「もしかして幽霊騒ぎも諏訪部くんが?」
「はい」
「おいおい、まさか復讐しに……」
「最初、そんな気はなかったが、気分が変わったんだ。でも真実を知って、お前らを何度殺しても足りないって思うようになったんだよ」
虚勢を張っていた黒部はとうとう腰を抜かしてしまった。
「宮川くんと前田先生を殺したのは私よ」
「……どうして?」
岳はまだ理解できていないようだ。頭が良いのに、こういうことは働かないらしい。
「大野くん、あなた気付いていたのね」
「はい。先生」
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