第7話

 特進の僕がC組に顔を出すと、動物園のパンダを見るように珍しいそうに見てくる。普通科とは交流もないので、特進の生徒が来るのが相当珍しいのだろう。でも僕は気にせずに真田を呼びつけた。


「真田さん、いる?」


 たまたま入口にいた女子に、彼女を呼んでもらう。真田は教室の真ん中あたりで、数人の女子と楽しそうに話していた。僕の姿を見ると、明らかに訝しげに顔を曇らせ面倒くさそうに歩いてくる。


「何?」

「ちょっと話があるんだけど、ここじゃなんだから」


 僕は彼女を階段の踊り場へと誘った。


「何? 告白でもするつもり? 大野君」

「ごめん、それはあり得ないよ」

「冗談よ。こっちこそあり得ないから」

「で、何の用かしら?」

「それより何で喧嘩腰な訳」

「一般クラスと特進は交流が無いのに、こうして来られると、格好の噂になるから嫌なの。それに……」

「それに?」

「あんた、かなり人気があるから、それが一番厄介なだけ」


 かなり感じは悪いが、先ほど皆に合わせて笑っていた時よりも、目の前にいる彼女本来の気質のなような気がする。

 僕は早速、質問をぶつけた。


「今、幽霊騒ぎが起きてるよね?」


 彼女の体に力が入るのが分かった。


「その幽霊って特進と関係がある?」


 腕を組み威圧的だった雰囲気が、一気に尻尾を丸めながらも必死で威嚇しようとする犬に見えた。真田は視線を合わせようともせず、ただじっと腕を組んだまま。もう一度僕は、彼女に聞いた。


「騒がれている幽霊と特進の関係は?」

「どうして私に聞くの? クラスメイトに聞けばいいじゃない」


 それが出来ればわざわざ真田を呼び出さない。そこまで読めない彼女にすこし苛立ちを覚えた。でも彼女の態度は何かを知っている。確信があった。


「生憎、僕はあまりクラスで好かれていなくてね。聞こうにも逃げられる」


 意外だったのか、やっと彼女は僕と目を合わせてくれた。


「また?」


 その言葉がひっかかった。


「『また』ってどういう意味?」

 明らかにそれが失言だったと事を、彼女の表情が教えてくれた。そして諦めたようにゆっくり話し始めた。


「私も詳しい事は分からないわよ。クラスが違うし……でも、特進でイジメがあってその標的が彼だった。そしてそれに耐えられずに屋上から飛び降りた」

「彼って、名前は何て言うの?」

「野元(のもと)海人(うみと)。彼……」


 彼女は何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 階段を上って来る生徒は、僕達を興味深そうに見る者、存在にさせ気付かずに通る者、さまざまだった。僕は彼女が話し出すまで待った。ここで解放するつもりはない。真田は諦めない事が分かったのか、閉じた口をやっと開けてくれた。


「彼は、同じ文芸部だったの。初めは何も気付かなかったけど、見るたびに顔色が悪くなってきて、書く文章にも影響が出始めて……そして彼が書いた詩が最後の作品になったわ。それと同時に詩は、遺言書と見なされたの。でも表向きは事故死になった。知っている事はこれだけ。他に知りたければ、クラスメイトに聞く事ね」


 彼女は、金縛りが解けたように階段を駆け下りて行こうとするのを、僕は普段は出さない声で一度止めた。そして僕の短い質問に答えると、お役御免と言わんばかりに走って行った。

 特進でイジメがあった。それはすんなりと僕の中に入ってきた。多分、あの三人が主犯だったのだろう。


 もっと詳しく知りたい。それから僕は、誰に話しかけるべきか考えて、転校してきて直後くらいに告白をしてきた三浦(みうら)に声を掛けた。なぜならその後も、僕に視線を送ってきていたからだ。


 昼休み一番に教室を出ると、目立たないよう彼女が廊下に出てくるのを待った。自分の好奇心の為ならこんなの労苦にもならない。静かだった廊下に、一気に水が流れ込むような音が響き、生徒が出入りを始める。僕は三浦が出てくる事を祈った。廊下の端で教室に向かい合うようにして凭れていると、黒いくせ毛の髪を一つに後ろでまとめた三浦が出てきた。生憎、一人では無かったが関係はない。


「三浦さん。話したい事があるんだけどちょっといいかな? 時間は取らせないから」


 一緒にいた友達は、僕にでも分かるような仕草で彼女を煽っていた。

 三浦は細めの目を大きく広げ驚いているが、小さく頷いてくれた。

 何を勘違いしているのかと思ったが、それはそれで内容を話した後の落胆する顔を見るのも面白いと考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る