第2節 渇望

可もなく不可もないような人生を、望まず手に入れていたはずだった。

たとえ美しく咲く蝶になりたいと願いやまずとも、不可もまた可だと達観していた。

のどの渇きを自覚しながら、受け止める器なく流れる水をぼんやりと見つめ、見えない底を羨ましがった。

やがて身の渇きは蔓延っていく。

水に集う虫たちを時に憐み、時に目を瞑った。

そうして後には引けなくなる、固い包に覆われる。

手を伸ばせばそこに、求めるものはあったけれど。

身を固くし、より固く目を瞑った。

もう手は届かない。

もう遅い。

そうして私はさなぎになった。


幾年も経たある時、柔らかな光と雨が降り注いだ。

私は柔く目を開ける。

眩しいその世界の中で、さなぎは蝶になろうとした。

もっと、触れたい。

外に、外へ。


そんな希望とは裏腹に、手元を見れば乾いた貧相な器がこちらを睨んでいた。


一歩動き出そうとすれば、過去の世界が、過去の自分が襲い掛かってくる。

足がすくむ。

あの時できなかったことを悔やんでも仕方がない、そんなことは知っている。

それでも、大人になるしかなかった幼心が軋んで、揺らいで、泣いている。

大人になっても、不可を不可と心に言えても、私はまだ幼子のままだった。


他の渇きを癒す間もなく、ただ痛みに喘ぐしかない。

集う虫たちは、楽しそうで。

妬み、称賛した。


きっと、手を伸ばせば届く。

ちっぽけでみすぼらしい器を手にすれば、過去を清算できる。

乾いた身体を脱ぎ捨てて、新しい光を、雨を、求めたい。


殻の中で泣こうと叫ぼうと、届かない。

通りすがる彼らには届かない。

助けを呼ぶ声は、届かない。


まだ私はさなぎの中。

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