secret

野宮麻永

第1話 prologue

雨が降っている。



車の助手席で、窓に打ち付ける雨粒をしばらく眺めていたけれど、止みそうな気配はこれっぽっちも感じられない。


天気が良ければ今頃は森林公園にいるはずだった。

普通に考えれば、2月という寒い時期には、風を遮るものがないのだから行こうとは思わない場所。



「天気予報だと降水確率は40%だったのに。帰……る……?」


「どうして? 車の中から雨を眺めるのも悪くない」



わたしのせいで、せっかくの日曜日を車の中で過ごすことになってしまったというのに、その話し方はどこか楽しそうに聞こえる。



いつもは家族連れの車でにぎわっている河川敷の駐車場には、雨のせいでわたしたちの車以外1台も停まっていない。


さっきまでとは違い、心配そうな声に変わった。



柚來ゆな、何かあった? 元気ない」


「何もないよ」


「嘘だ」




お姉ちゃんが塾も行かないで難関大学に合格した。

それを聞いて自分のことのように嬉しかった。


でも……


お母さんが親戚中に報告の電話をかける中、わたしのことを話しているのを聞いてしまった。



『……柚來のことはもうあきらめてますから。無理、無理……あのに大学なんて無駄です。何ひとつ満足にできないんだから。あのにはうんざりすることばかり』



こんな言葉には慣れているはずなのに。


治りかけていたかさぶたを剥がされ、再び痛みが増す。



優秀なお姉ちゃんは、お母さんのお気に入り。

誰かに紹介する時も、「自慢の娘なの」と笑顔をお姉ちゃんに向ける。

わたしのことは「柚伽と違って何も出来ないだから」と、ため息をつく。




「……わたしもお姉ちゃんみたいだったら良かった。お姉ちゃんは勉強も運動もできるし、優しくて、綺麗で――」


「そんなこと比べなくていい。柚來が柚來じゃなくなったら僕が困る」




その優しい目を見ていると、無防備になってしまう。




「泣いていいよ」




わたしにふれる手のぬくもりに、何度も何度も救われる。




どうか、どうかこの夢が永遠に続きますように――

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