第一章 蟲使い

 都立日比坂高校二年B組の島崎美織は人気者だ。美少女で、モデルみたいに背が高く、抜群のプロポーションで、明るくて性格も良い。更にスポーツ万能であるが、学業の成績の方はあまり芳しくないところも愛嬌になっている。

 美織はオカルト研究部に入っている。部員が彼女を含めて五人というぎりぎりの部で、部室に全員揃う日は少ないし揃っても漫画を読んでいることが多い、らしい。が、彼女が一年生の時に通販で買った魔術書で悪魔召喚を試したという話は割と有名だ。生け贄の供物代わりに鶏レバーの甘露煮を捧げ、結局悪魔は現れなかったので皆で美味しく頂いたというオチがついている。他にも予知夢を見たということで地震が来る日を学校の掲示板に張り出して大外れしたり、ミミズの這ったような文字の解読不能な文章を自動書記によるものと主張して文化祭で飾っていたり、幽霊が出るという噂の廃墟に行って何故か捨て犬を発見して家で飼ったり、まあ楽しくやっているみたいではある。

 つき合っている彼氏はいない、ということに取り敢えずなっている。同じクラスで同じ部活で家が三軒隣で一緒に登下校している幼馴染みの御門丈五みかどじょうごはどうなんだ、と突っ込まれると、美織はあっけらかんとした笑顔で、「いやあ、丈五は弟みたいなものかなあ」と答えた。

 その時近くの席だった御門が珍しく、即座に冗談を返した。

「俺は美織の方が妹かと思ってたんだがな」

 周りは数瞬ポカンとして、それから大声で笑った。美織も一緒に笑っていた。

 御門丈五は美織にくっついているという以外は特に目立たない男だ。整った顔立ちをしているが、無表情でいつも冷めた目をして他人には素っ気ない態度を取るので人気はない。ただ、何事にも興味なさそうなのに地獄耳で色々なことを把握しているため、行事などではサブリーダーに推挙されることが多い。そんな時の御門は嫌そうな顔をするが、美織が進んでリーダーを務めたりするため結局サブリーダーをやっている。

 という訳で御門丈五はいざという時に役立つという意味で『昼行燈』とか『非常用持ち出し袋』とか呼ばれていた。前者は勿論『忠臣蔵』由来だ。

 頭が良さそうだが成績はそれほどでもない。美織よりもちょっと良いくらいのようだ。そもそも日比坂高校の偏差値はあまり高くなく、進学校に行き損ねた人や地域の住民がなんとなく通うところだった。

 ただ、日比坂高校にも良いところがあって、それはのんびりした雰囲気で平和なことだ。暴力教師もおらず、いじめも殆ど見かけない。生徒が万引きやドラッグで捕まったりもしない。更には美織という美少女がいる。彼女を目当てに入学してきた一年生もいるとかいないとか。

 それから、二十一世紀にもなってはたまた珍しいことに、この高校には番長を自称する者がいる。二年生の霧雨静馬という男子で、大柄で老け顔なので二十才をとっくに過ぎているように見える。ジャージ姿だと体育教師に間違えられるくらいだ。後、胸にでかい古傷があるそうで、水泳の授業の後で噂になっていた。

 この霧雨静馬は、入学するとすぐに番長として日比坂高校を仕切ると宣言し、校内外のトラブルがあれば自分に相談することと、いじめカツアゲ私闘校内の喫煙を禁じることを学校の掲示板に張り出したのであった。その頃僅かにいた不良は数日後には見事に大人しくなり、金髪頭を坊主にして普通の人になってしまった。

 霧雨は運動部の朝練が始まる頃には学校にいて、放課後生徒が皆帰る頃まで残っている。昇降口の辺りでパイプ椅子に座って腕組みしていたり、屋上でやはりパイプ椅子に座って腕組みしていたりする。学校を警備しているつもりらしい。また、番長宣言を掲示した時に自分の携帯の番号も書いていたので、困った時にこっそり連絡してくる生徒もいるようだ。

 番長として行ったトラブル処理について霧雨は自慢しないので、具体的なところは噂話くらいでしか出回らない。ただ、鉄パイプで殴られても平然としていたとか、周辺の高校の不良達は日比坂高の名を聞くと悲鳴を上げて逃げるとか、女子生徒がモニャモニャでヤクザとトラブルになった時に相手方の事務所に乗り込んで、無傷で出てきてヤクザ達は顔面蒼白だったとか、話半分に聞いた方が良さそうな噂である。しかし、他校の不良が逃げるというのは本当であった。

 島崎美織の学校生活において特筆すべき点は、その程度であろう。

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