怪物殲滅作戦

@karasu112

第1話

10年前、京都の空が赤黒く染まり、無数の怪物が現れた――その日を、誰もが“災厄”と呼ぶようになった政府は直ちに自衛隊を派遣し、怪物の排除に乗り出した。しかし、銃弾や爆撃が通じず、戦線は混乱の極みに陥った。家族を失い、住む家を奪われた人々の絶望の声が日本中に響き渡った。だが、その混沌の中で、ある者たちが目覚めた。異能力――人智を超えた力を得た者たちの登場だ。彼らの力により、怪物の進行は京都周辺に食い止められたものの、国全体が受けた傷は深い。

怪物はただの害悪だった。何か利益や進化をもたらすような要素は一切なく、人々に恐怖と破壊だけを与えた。


政府はこの脅威に対抗するため、異能力者を集め、自衛隊とは別に新たな組織を立ち上げた。それが“ゼロ隊”――怪物討伐を専門とする部隊である。中でも特に危険な任務を担当するのがゼロ隊特殊部隊、通称αチーム、βチーム、そしてγチームだ。


この物語は、αチームに所属する戦士らが、怪物を殲滅するために戦う姿を描いたものである。


「はい!俺の勝ち!」


「はっ?!だる、お前。なんで持ってんだよぉー」


「刈谷はビール奢りな!」


この日、俺たちはポーカーで時間をつぶしていた。αチームの任務が入るまで、俺たちはひたすら待機を命じられている。休日は週に一日あるかないかだけど、待機中は自由時間が多いから、意外とワークライフバランスは悪くない。稀に出先で招集がかかると面倒である。


「最近、招集少なくないですか?さすがに暇ですよ」


「最近はテロの情報もないし、怪物たちの行動も落ち着いてきてるから、ゼロ隊だけで対応できてんだろ。」


「嵐の前の静けさってやつですかね?」


「縁起でもないこと言うなよ。」


ここ数カ月、ゼロ隊たちへの招集はめっきり減った。一、二年前は週に4、5回はあったのに、今は週に3回あれば多い方だ。災害が起きてから急増した怪物も、年々減少傾向にあるらしい。それに、能力者によるテロや犯罪もゼロ隊の活躍でかなり抑えられてきている。


「おい、30分後に集まれ。出るぞ。」


待機部屋の扉が開き、αチームのリーダーの天野が顔を出した。


「噂をすればなんとやら。招集がかかったな。」


「了解です、ボス。」


三十分後、チームの全員が会議室に集まった。


「揃ったな。今回の任務は人質の奪還と犯人の逮捕、もしくは処理だ。」


「奪還って、ずいぶん簡単な任務じゃないですか。警察か普通のゼロ隊に任せればいいんじゃないですか?」


「まぁ聞け。まず、犯人が能力者だということ。そして、腕に蛇のタトゥーが見られたらしい。これは、俺たちが壊滅させた犯罪集団の残党だ。自分たちの尻拭いは自分たちでやるのが筋だろう。そして何より――」


リーダーは一瞬、言葉を切ってから続けた。


「お偉いさんの孫が人質に含まれている。それが最大の理由だ。」


「そんなことで俺たちが駆り出されるのかよ。私物化ね。」


「言葉が過ぎるぞ。上からの命令だ。俺たちは指示に従うだけだ。」


「……そうですね。すみません。」


「では、これから事件の概要と作戦を説明する。」


そう言って、リーダーは事件の詳細を話し始めた。


事件が発生したのは午後2時12分。場所は名古屋の銀行。

きっかけは、お偉いさんのお孫さんからの緊急連絡。銀行に強盗団が侵入し、銃を発砲。その場にいた人々を人質に取り、立てこもったという。

犯行グループは5人。そのうち1人が能力者だとデータから判明している。


要求は、「壊滅された蛇団のリーダーの釈放」。


「概要はこんな感じだ。今回の作戦だが、上からの指示はこうだ。『お孫さんの安全が最優先。能力者は射殺。他は現場に応じて処理せよ』とのことだ。つまり、敵は全員、殲滅する。いいな?」


リーダーの言葉に、全員がうなずく。


「了解です。で、どう突入するんですか?人質は?」


「人質は、お孫さんとその連れ、銀行職員、そして客の合計10人だ。犯行グループは一階の職員スペース側に潜伏し、人質もその壁際に押し込められている。銀行の構造は二階建てで、出入口は以下の3つだ:

・一階正面の出入口

・裏の非常口

・二階の非常階段


作戦はこうだ。刈谷の狙撃を合図に、チームを以下の形で突入


刈谷:狙撃ポジションから支援

俺と青空:正面から突入して敵の注意を引く

加賀見と新野:裏の非常口から回り込み、敵を殲滅

宮山:二階をクリアリング」


「えっ!?俺ひとりっすか!?きついっすよ、それ!」


「お前、能力で姿消せるだろ?犯人が全員一階にいるなら、一人でも問題ないだろうが。」


「そういうことだ。能力者じゃない連中なんて簡単な仕事だ。さっさと片付けろ。」


「了解っす……」


「よし、全員準備しろ。」


「了解!」


作戦を確認した俺たちは現場へ向かった。


現場にはマスコミ、警察、ゼロ隊の隊員、そして野次馬まで集まっている。


「あーあ、これじゃ目立ちまくり、最悪だな。」


「マスクで顔を隠しとけ。後々面倒になるぞ。作戦はすでに伝えてある。勝手にやって、勝手に帰るだけだ。 刈谷、準備はどうだ?」


「完璧です。いつでもいけます。ただ、狙えるのは能力者じゃないやつだけですね。」


「それで充分だ。他はどうだ?」


「位置につきました。いつでもいけます。」


「よし。刈谷の合図で一気に行くぞ。刈谷、頼む。」


「了解。」


刈谷がスーッと息を整え、集中し始める。それと同時に現場全体の緊張感が一気に高まった。

マスコミや野次馬に対応していた警察までもが静まり返り、まるでこれから何が起きるのか予感しているかのようだ。


バンッ!!!


銃声が響き渡る。


「突入!!!」


刈谷の合図と同時に、部隊が一斉に動き出した。


正面から突入した天野と青空が犯人2人を射殺。裏口から侵入した加賀見と新野がさらに1人を仕留める。


「くそっ!」


唯一、能力で身を守った犯人が残り、戦闘が始まる。


「新野!人質の保護を頼む!こいつは俺たちがやる!」


裏口から入った加賀見と新野はそのまま人質の保護を開始。一方、天野と青空が能力者の犯人に応戦する。


「クソ野郎が!」


犯人は土を槍の形に変え、二人に向けて放つ。しかし、二人は軽々とかわし、そのまま射撃で相手を仕留めた。


「手間を取らせやがって。……あとは上か。宮山、状況を報告しろ。」


その間に人質の保護が進むが、肝心のお孫さんがいないことが発覚する。


「ボス!孫がいません!おそらく上にいるのではないかと……!」


「宮山!報告しろ!」


ーーーーーー


無線越しに宮山の声を呼びかけるが、返ってきたのは不気味な雑音だった。


発砲の合図とともに、宮山は二階へ突入しクリアリングを進めていた。


「誰もいないでくれよー……」


軽く独り言をつぶやきながら進んでいると、ある一室から人の声が聞こえてきた。


慎重にドアを開けて中を見ると、そこには犯人の一人と保護対象であるお孫さんがいた。


「なんでお前らがここにいる!?突入前には確かに下にいたはずだろ!」


宮山は悪態をつきながら状況を把握しようとする。そのとき、あることに気づいた。


「報告にない能力者がもう一人いる…?」


その瞬間、無線で下のフロアから連絡が入る。


「4人を射殺、人質の保護を完了しました。」


だが、この報告は宮山の仮説を裏付けるものだった。


「やっぱり…。あいつも能力者か?それにしても、どうしてお孫さんが狙われている?単なる偶然じゃなさそうだな。」


思考を巡らせていると、ボスから報告を命じられた。宮山は無線のマイクを手に取り報告しようとしたその瞬間――


「何をしている。」


不意に背後から声がした。驚いた宮山が振り向き、銃口を向けたと同時に――


ガツンッ!


強烈な一撃を受け、宮山は吹き飛ばされた。


「グハァァ!」


その衝撃で壁に叩きつけられ、苦しげにうめき声をあげる。


「……いてぇな。お前、もう一人いたのか。」


「バレバレだ。」


宮山は銃を構え直しながら声の主を見る。


「てめぇ……誰だよ。」


目の前には黒いコートで全身を覆い、顔もわからない人物が立っていた。その余裕たっぷりの態度が、能力者であることを示唆している。だが宮山が何より衝撃を受けたのは――


「透明化していたのに、なんで位置がバレてるんだ…?」


混乱を抑えながら、宮山はボスに報告を入れる。


「ボス、報告にない犯人がもう一人います。それに、位置がバレました。能力は不明。お孫さんは、最奥の部屋で人質に取られています。」


報告を終えたところで、黒コートの男が不気味な声をかけてきた。


「報告は済んだか?」


男の全身を覆う黒いコートと、その余裕に満ちた態度が不気味さを一層際立たせている。


「余裕ぶっこきやがって…」


宮山は銃の照準を合わせ、迷わず引き金を引いた。しかし――


弾丸は男をすり抜け、壁に当たっただけだった。


「なっ!?まじかよ」


宮山は混乱する。そんな彼を見下ろしながら、男は楽しげに言った。


「無駄だ。俺はここにいない」


「…はぁ?意味わかんねぇ…いるじゃねぇか。」


宮山がその言葉に困惑していると、階下からドタドタと足音が聞こえてきた。


「仲間が来たようだな。」


黒コートの男は、どこか楽しそうに言葉を発した。



「無事か?!」

戦闘の気配を察した天野と加賀見が階段を駆け上がり、ついに犯人と対面した。


「報告にあった敵です!」


二人が銃口を向けるが、犯人はまったく動じる様子もなく、余裕の笑みを浮かべている。


「おいおい、銃口なんか向けるな。別に何もしていないだろ? まぁいい今日はここまでにする。」


そう言うと、犯人は三人の目の前から突然姿を消した。


「消えた?! クソッ!」


「考えるのはあとだ。人質は?」


消えた犯人の正体が気になったが、今は任務に集中するしかなかった。


人質は部屋の奥の窓際にいる。刈谷の狙撃で仕留めたかったが、犯人と人質が重なり合い、狙うのは不可能な状況だった。


「おい、お前! すでに包囲されている!逃げ場はない!人質を解放し、投降しろ!」


「うるせぇーーー!俺はこんなことをするつもりじゃなかったんだよぉ!」


どうやら犯人は犯行グループにそそのかされ、今回の事件に加担したらしい。いわゆる「闇バイト」だ。


「お、俺は黒いコートの奴とリーダーに、加担しないと家族をどうにかするって脅されたんだ!だから仕方なかったんだよ!俺は悪くねぇ!」


近年、闇バイトは急増している。何も知らない大学生が狙われ、簡単な仕事と偽って口座やスマホの貸与から始まり、次第に過激な内容へとエスカレートする。そして最終的には今回のような犯罪に巻き込まれるのだ。


「自分は悪くない」と言い訳しても、犯罪行為を正当化する理由にはならない。


「能力者共同の犯罪は一発実刑で一生牢獄生活だ。それくらい分かっているだろ。」


「だーから仕方ないだろ!脅されてたんだから!」


新野が提案する。


「人質もいるし、黒コートの情報も引き出せるかもしれません。それを条件に交渉するのが得策では?」


天野は司法取引を持ち掛けることに決めた。人質の安全確保はもちろんだが、黒コートの情報を少しでも手に入れたかったのだ。


「取引しよう。人質と黒コートの情報をこちらに渡せば、刑に温情が与えられるよう交渉してやる。」


「ほんとか?!分かった、何でも話すから撃つのだけはやめてくれ!」


犯人は取引に応じることにした。まずは人質の解放からだ。


「よし、まずは人質をこちらに寄越せ。」


指示に従い人質を解放しようとする。しかし、問題が起きた。人質が一向に解放されない。


「どうした!さっさとしろ!撃つぞ!」


「あぁぁぁ!クソが!!」


そう叫ぶと、犯人は近くの窓を開け、人質を窓の外に投げ出した。人質は窓の外へ放り出され、無情にも落下していった。


「自分がキャッチします!」


その掛け声とともに、青空が1階で落下してきた人質を見事に保護した。


「バカが。」


犯人確保の指示が下り、αチームは迅速に行動し、犯人を無事に確保。任務は完了した。


しかし、捕獲した犯人から得られた情報はほとんど役に立たなかった。交渉を断った理由を尋ねたところ、イヤホン越しに指示され、それに従うしかなかったとのことだった。


とはいえ、お孫さんの救出が成功し、事件の被害を最小限に抑えられたことで、一連の作戦は一定の成果を挙げた。後日、救出されたお孫さんの両親が、感謝の意を伝えるため直接訪れた。





「神宮和也だ。今回の事件で君たちにはとても感謝しているよ。ありがとう。」


まさかこの人物がゼロ隊の副司令官だったとは、誰も予想していなかった。


「いえ、自分たちは任務を遂行しただけです。お孫さんを助けることができて何よりでした。」


代表して天野が対応した。


「何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってくれたまえ。」


「では早速ですが、奴らの動向は追跡できているのですか?」


天野が尋ねた「奴ら」とは、かつて京都を壊滅させた怪物のことを指す。


怪物について判明していることは限られている。生態や特性、出現理由すら不明なままだ。ただ、組織的な知性を持たず言語も通じないという点は明らかだ。一方で、怪物の中に階級がある可能性が示唆されている。


特に「王」とされる存在を中心に、その側近と思われる者が二人いる。彼らの肩には独特な紋章が刻まれており、王の紋章は「円の中に王冠、そして王冠に×印」が描かれている。側近の紋章にはそれぞれ「剣」と「盾」が描かれているという。


「タトゥーを持つ奴らについては、こちらも全力で追っているが、奴らが姿を消して以来、手がかりすら掴めていないんだ。」


「森はどうですか?奴らが作った森の中は?」


怪物が撤退する際、彼らが立ち去った跡には未知の植物が瞬く間に生え広がり、森が形成されていた。それは、まるで「ここは我々の領域だ」と主張しているかのようだった。


「当然、調査を進めている。だが、森の中は怪物が頻繁に出没するうえ、上空からの調査も植物の妨害で思うように進まない。それもあって、浅い部分から慎重に調べている段階だ。申し訳ないが、進展は遅れている。」


「我々が調査に行けば、奥までたどり着けます。それでも行かせてもらえないのですか?」


「それは許可できない。君たちは国にとっての『秘密兵器』だ。未知の危険地帯に送り込むわけにはいかない。」


副司令官の冷静な返答に、天野たちは食い下がる。


「もうやめろ。」


その時、αチームの上官が口を挟んだ。「副司令官の立場も理解してやれ。我々は今は待つしかないんだ。」


「わかりました。」


天野は渋々引き下がったが、内心では納得できていなかったがこれ以上の言及は許されないことも分かっていた。


「すみません、副司令官。うちの者が…。」


上官が謝罪する。


「構わんよ。彼らには多大な助けをもらっているし、孫を救ってもらえたことに感謝している。」


副司令官はそう言い残し、その場を去った。


「さて、諸君。今回の任務、お疲れだった。再び待機だが、日付をまたげば休日になる。ゆっくり休むといい。」


上官の言葉を受け、αチームのメンバーは解散した。


またしても待機の日々。任務と待機、それが俺たちαチームの繰り返しだ。家族がいる者はその元へ帰り、いない者は待機室やそれぞれの場所で時間を過ごす。


怪物に何かしら壊されているαチームが求めるのは、ただひとつ――怪物の殲滅と奪われたモノの奪還、それだけだ。

彼らはヒーローも英雄も興味などにない。

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