薔薇が好きだなんて言えない
薔薇が好きだなんて、誰にも言ったことがない。
花言葉だとか、気取ったイメージとか、そういうことを気にしていたわけじゃない。
ただ、誰かに「薔薇が好きなんて、意外」と言われるのが、少し恥ずかしかっただけだ。
それでもある日、ふらっと立ち寄ったホームセンターの園芸コーナーで、小さな鉢植えのミニバラを見つけた。
薄いピンク色のつぼみが、いくつか膨らんでいて、それが妙にやさしく見えた。
ベランダに置けそうなサイズだった。
「育ててみるか」
そんな軽い気持ちで連れて帰ったのに、数日後にはあっけなく咲いた。
「意外と、簡単に咲くんだな」
思わず声に出して笑った。
水をあげて、日当たりのいい場所に置いて。
それだけで、つぎつぎと花を咲かせた。
蕾のころはうつむきがちだったのに、花が開くと、まっすぐ空の方を向く。
何か特別なことをしたわけじゃないのに、自分の手で育てた花が咲くと、少しだけ自信が湧いた。
薔薇は難しい、という先入観が、するりとほどけていった。
朝、仕事に出かける前に、コーヒーを飲みながら花を見る。
日差しが強い日は鉢を少し動かして、風が強そうなら部屋の中へ入れて。
誰にも見せないやさしさを、ベランダの花には自然に注げることが、なんだか救いだった。
夜、仕事から帰ると、少し開いた花びらの隙間に小さな虫がとまっていた。
そっと息を吹きかけると、虫は飛び立ち、花がかすかに揺れた。
「あしたも咲いててくれるかな」
薔薇の花は、明日もそこにある気がした。
簡単に咲くくせに、毎日少しずつ違って見える。
その変化を見つけるたび、ほんの少しだけ、今日を終えることがやさしくなった。
ああ。本当に。
薔薇が好きだなんて誰にも言えない。
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