バカとバグは使いよう

「あ、奴らがきた! みんな、この家に向かってる!」


窓の外をのぞき込んでいた奏さんがそう叫んだ。


「ここに隠れているのがバレてるってことでしょうか?」


「そうみたいね」


おそらく、さっき入ってきた村人は、私たちが隠れているのを分かっていたのだろう。

でも一人だと取り逃がす恐れがあったから、いったん気づかないフリをしておいて

、それから仲間を引き連れて戻ってきた――というわけか。


一介のNPCとは思えない頭脳プレイに、私は戦慄する。


そもそも、『異界村』の敵は、あくまで禍人まがびとと呼ばれる、ゾンビのような化け物である。決して、生きた村人と戦うゲームではない。

いや、ホラーのセオリーとして、どうしても後半は生きた人間との敵対が物語のメインになるのだけど、少なくとも序盤では、そのような展開はなかった。


そう、こんなにも早い段階で生きた人間を敵に回してしまった原因は、私である。

私が生贄というお役目から逃げたせいで、村人に追われるハメになってしまったのだ。


でも、しょうがなくない!?

だって、生贄にされたら死んじゃうんだもん!


「裏口から逃げよう!」


奏さんが私の手を取り、駆けだす。

そして裏口から顔を出して安全を確認してから、「誰もいない。大丈夫」と私に向かって頷いた。


民家の間の道を、私は奏さんに手を引かれて走り続ける。


走り、続ける。


続ける……。


走り出して、十秒と少々。

私と、あと奏さんも、ぜぇぜぇと息を切らし、立ち止まってしまった。


私は思い出す。

『異界村』は、キャラのスタミナがやけに乏しいのだ。

スタミナを貧弱に設定してプレイヤーの焦燥感を煽る手法は、ホラーゲームでは定番なので、こればかりは『異界村』だけを責めるわけにもいかないが。


「いたぞ! あそこだ!」


男の怒声に驚いて振り返ると、道の向こうに、懐中電灯や松明たいまつを持った一団が見えた。


敵にはスタミナという概念がないゆえに、こうしてすぐに追いつかれてしまう。

そのうえ、敵は走る速度がプレイアブルキャラよりだいぶ速いのだ。

このガタガタなゲームバランスも、本作が不評を買う一因である。


スタミナ切れの状態だと、私たちは徒歩以下のスピードでしか移動できなくなる。


息を整えてスタミナ回復を待つか?


いや、ダメだ。

敵はもうすぐそこに迫っている。


すがるような気持ちで私は周囲を見渡し、そして気づいた。


記憶が繋がった。


「こっちへ!」


今度は、私が奏さんの手を引っ張る。

左右を石塀に挟まれた細道へと入っていく。


這うような速度で、私たちは進んでいく。


「そこの雑草のところ、気をつけて、ください」

私は切れ切れの声で言う。

「トラバサミが、仕掛けられて、いるので」


細道の真ん中に雑草が生い茂っているポイントがあり、そこにトラバサミが隠れているのだ。

なんで村の中にトラバサミが仕掛けてあるんだよというツッコミは野暮である。本作に正論は通用しない。


そして、ここに仕掛けられているトラバサミ、開発スタッフの設定ミスのせいか、抜け出すのにかなり時間がかかるのである。足を挟まれたら最期、どんなに高速でボタンを連打しても、抜け出す前に必ず敵にタコ殴りにされてゲームオーバーになる。

引っかかったら、もう、死を待つか、あるいはセーブデータをロードしてやり直すしかないのだ。


しかもここのトラバサミ、あろうことか雑草に完全に隠れて目視できないので、初見だとぜったいに引っかかる鬼仕様だ。


でも、私は初見ではない。

ゲーム本編で、すでに知っている。

だから回避できる。


私は道の端に寄って、石塀に背中を密着させてカニさん歩きをする。そうして、雑草を回避して先に進む。

奏さんにも、そうするよう指示する。


雑草の生い茂ったところを越えると、私は来た道を振り返った。


村人たちが、細道にどっと流れ込んでくるところだった。


「追いつかれた!」


奏さんが悲痛な声をあげる。


「大丈夫です」


私は、奏さんの手をぎゅっと握りしめた。


ここがゲームの世界なら。

『異界村』の世界なら。


がしぃん!


「ぐあ!」


先頭を走っていたおじさんが、トラバサミにひっかかり、悲鳴をあげた。


「! これが、狙いだったんだね!」


奏さんが歓声を上げる。

しかし直後に、また声のトーンが落ちる。


「でも、一人ひっかけただけじゃ……」


そう。普通ならそう思うだろう。

見た感じ、細道になだれ込んできている村人の数は、ざっと十人は下らない。

一人足止めしただけじゃ、数秒の時間稼ぎにしかならない。


でも。

ここは、バグ満載の、あの名高き(?)クソゲーの世界なのだ。


この細道は、大人だと二人並んで歩くのすらちょっときついくらい狭い。

ゆえに、トラバサミにひっかかったおじさんが、道をふさぐ形になる。

彼の後続の面々は、おじさんが邪魔で前に進めないのである。


トラバサミを外そうともがくおじさんの後ろで、後続の面々が詰まっている。走るモーションは継続しているので、まるでランニングマシーンの上を走っているみたいになっている。ゲームではよく見られる現象だけど、実際に見るとかなり滑稽だ。


これが現実の世界なら、後続の面々がおじさんの脇を無理にでも通り抜けてこっちに駆け寄ってくるところだけど、しつこいようだがここはゲームの世界である。


狭い道でのみ使えるこの裏技は、ファンのあいだで<便秘>という名前で親しまれている。クソゲーにふさわしいネーミングといえよう。

改めて考えると下品すぎる。


息が整い、スタミナが回復した。


私と奏さんは細道の向こうに抜けて、広めの通りに出る。


通りには誰もいない。

ゲーム本編なら、『異界村』のクリーチャー・禍人まがびとがうようよしているはずなのだけど、ここではまだ出現していないようだ。


禍人まがびとは、この村が異界に飛ばされた後に出現する。

ということは、つまり、村はまだ異界に飛ばされていないということか。


「ひとまず、隠れましょう」


私はそう言って周囲を見渡し、一軒の二階建て家屋に目をつけた。モルタルづくりの、この村の中では比較的近代的な建物だ。表札には「西之園にしのその」とある。

そこに、奏さんを連れて駆け込んだ。


誰もいないことを確かめてからリビングへ行き、照明のスイッチに手をかけた。

そこで、さすがに照明を灯すのは不用心だと気づき、スイッチから手を離した。

夜だけど、窓から差し込む月明かりで、部屋の中は十分に見渡せるし。


私はソファに腰かけ、ひと息ついた。


「ここにいて大丈夫かな?」


奏さんが不安そうに言った。


「大丈夫です。ここには誰も来ません」


ここ西之園家のことはよく覚えている。

敵に追われた際、ここに逃げ込むとほぼ間違いなくくことができる、いわゆる<安全地帯>で、重宝していた。


「私が保証します」


なおも不安そうな奏さんに、私はそう念押しした。


すると、奏さんはようやくほっと安心した様子を見せ、私の隣に腰かけた。


「さっきのトラバサミの時もそうだったけど、すごいね。まるで未来予知みたい」


既プレイ民ですから、とは当然言えない。


「さすが、カンナミのミコ様だね」


「? カンナミ……?」


「うん」

奏さんは不思議そうに小首をかしげる。

「ミコの、カンナミミコちゃん。でしょ?」


ミコノカンナミミコチャン。

日本神話の神様かな?


ワケが分からず尋ねると、奏さんは「もしかして頭でも打った?」と心配しつつも、事情を教えてくれた。


曰く、私は、この村の御三家ごさんけと言われる家のひとつ<神南かんなみ家>の子供なのだという。名を、神南神子かんなみみこというそうだ。

そして、神南家の娘は代々「巫女みこ様」と呼ばれ、人々に敬われているのだという。


つまり私は、神南家の、巫女みこの、神子みこちゃん。というわけである。

さらに言えば、この肉体に宿っている魂は神楽未子のものなので……神楽家の未子みこの魂が乗り移った、巫女みこの、神南家の神子みこちゃん、というわけである。


……。

ややこしいわ!


でもようやく、村人たちが私を「ミコ様」と呼んでいた理由に合点がいった。私は「巫女様」であり、「神子様」でもあるのだ。


漢字使い分けるのメンド……。

もういっそのこと、脳内ではカタカナで「ミコ」って表記することにしよっと。


ていうか、オープニングムービーで生贄になるだけの存在だと思っていたのに、きちんと名前とか家柄の設定があったんだね。

さすが『異界村』。ゲーム性もストーリーもガバガバなくせに、妙なところでディティールを詰めてくる。


「なんか、ミコちゃん、性格変わった?」


奏さんが訊いてきた。


どうもさっきから聞いていると、私と奏さんは以前からの知り合いという設定のようだ。


私は頭をフル稼働させ、『異界村』のストーリーを思い出す。

私は一応、血のにじむような努力の末に、『異界村』を全クリしている。

なので、ストーリーは最初から最後まで頭の中にあるはずなのだ。


しかし、ゲームの世界にぶっ飛んだ際に、なぜか『異界村』に関する記憶の大部分が欠如してしまったようなのである。


……。

ダメだ、やっぱり今は思い出せない。


ここは適当に、誤魔化しておこう。


「すみません。さっきの変な儀式のショックで、ちょっと混乱していまして……。記憶がちょっと怪しいんです」


「そうだったんだね」

奏さんは心配そうに眉根を寄せた。

「でも、私のことは覚えてるよね? 私の顔を見たとき、ハッとしてたし」


あれは、奏さんが『異界村』のキャラだと気づいた「ハッ!」である。

でも、それを説明するには、ここがゲーム世界であることから話すことになる。ゲームキャラに「ここはゲームの世界で……」と言ったところで、余計にややこしくなるだけだ。


「あ……えっと……、はい、ぼんやりとだけ、思い出しまして……あはは……」


「ぼんやりとだけ? 寂しいなあ」


奏さんは、セミロングの黒髪をかき上げ、耳にかけた。

そのしぐさが妙に色っぽくて、同性ながらドキリとしてしまう。


しかし直後に、私はもっとドキリとすることになる。


「こうすれば、ぜんぶ思い出してくれる?」


「!」


奏さんが私の肩を抱いたかと思うと、瞬く間に唇を重ねてきたのだ。


え?

ええ!?


キス!?

いや、私ファーストキスまだだったんですけど!


ファーストキスはゲームの世界で。

TLラノベか!


「ちょ、ちょっと、奏さん!」

私は奏さんを両手で引き離した。

「どうしたんですか、い、いきなり、そんな」


「水くさいなあ。昔から、よくこっそり会ってしてたでしょ?」


なんだそのエロすぎる設定は!

『異界村』スタッフよ、マジで別のところで本気出せ!


ん?

ていうか、よくこっそり会ってたってことは……。


「奏さん、この村の方なんですか?」


「本当に忘れちゃってるんだね」

奏さんはうれいを帯びた顔で言った。

「そう、私は生まれも育ちも、ここ神降村かみおりむらだよ。ミコちゃんと同じように」


ゲームの舞台の村は<神降村>という名前だ。タイトルの『異界村』に引っ張られて、つい村の名前も異界村だと勘違いしちゃいがちだけど。


「でも、あの儀式に参加してませんでしたよね? それどころか、私を助けてくれたし。あれって、村人にとっては重要な儀式なんじゃ――」


私の言葉を遮るかのように、急にゴゴゴゴゴゴと世界が揺れ始めた。


「え、え、地震!?」


私は恐怖のあまり奏さんにかばっと抱き着いた。

この身体だと、不思議とこういう乙女な行動がとれる。元の私は、むしろガバッと抱き着かれる側の人間だったのに。


揺れは三十秒ほど続いた。


「……逃げられない、ってわけね」


奏さんが窓の外を見て、ぽつりと呟いた。


「あ」


つられて私も窓の外を見て、声が漏れた。


夜空が、真っ赤に染まっていた。


赤い空。

『異界村』本編で見慣れた光景だった。

異界の空は赤いのだ。


つまり、いよいよ、村は異界に飛ばされたというわけだ。


……ん?


ここで私は疑問を覚えた。

ゲーム本編では、私は生贄に捧げられた。

今いるこの世界では、私は生贄の役目から逃げた。

だけど、どちらのパターンでも、村は異界に飛ばされている。


……。

生贄、意味ある……?


ともあれ、異界に飛ばされたということは、村を禍人まがびとがうろつき始めるというわけだ。


今後、一層気を引き締めないと。


「大丈夫、私がついてるから」


不安そうにする私を、奏さんがそう勇気づけてくれる。


「いざとなったら、これもあるし」


そう言って、奏さんはショルダーバッグから、何やら黒光りする物を取り出した。


私は思わずぎょっとした。


「拳銃……?」


奏さんが手にしている物、それはどう見ても、リボルバータイプの拳銃だった。


そういえば、霧島奏というキャラは、拳銃を初期装備していたなと、私は思い出した。


でも、なんで拳銃なんて持ってたんだっけ……?


「あんまり驚かないんだね? もしかしてモデルガンだと思ってる?」


「あ、いえ、そういうわけでは」


いかんせん、ここがゲームの世界だと知っていると、物騒な武器に対する驚きも半減してしまう。


「あの、奏さん」


「うん?」


「ちょっと、トイレ行ってきます」


実を言うと、私はさっきからずっとおしっこがしたかった。


ゲームの世界だからそういう生理現象は省略されるんじゃないかと思っていたのだけど、現実は(ゲームは?)そう甘くないようだ。


「ここでしちゃえば?」


「さすがにそれは!」


「冗談だよ。行ってらっしゃい。何かあったら大声で叫んでね」


というわけで、私はリビングから廊下に出た。窓を通してしみ込んでくる赤い月明かりや街灯の光のおかげで、視界は割と良好だ。


「洋式だ! ゲームのとおり!」


トイレを見て、私は思わず歓声をあげた。


和式だらけのこの村で、西之園家のトイレは洋式なのだ。そのことを、ゲーム実況でもコメントした覚えがある。


帯をほどいて、白装束の裾を持ち上げて便器に腰かけた。


ふぅーっとため息を漏らし(漏らしているのはため息だけじゃないけどな!)、ひとしきり開放感に浸ったあと、私はトイレを出た。


リビングへ戻る際、廊下の電話台にふと目が吸い寄せられた。電話台の上には固定電話と、それからメモ帳が置いてある。


気になった理由を私は悟った。

ゲームをプレイした際、私はそのメモ帳を調べていたのだ。


大抵のホラーゲームの例に漏れず、『異界村』にも、武器や回復薬といった実用的なアイテムのほかに、攻略のヒントを得たり世界観を補完するための資料系アイテムが数多くある。


『異界村』では、それらの資料系アイテムは<アーカイブ>と呼ばれている。


このメモ帳も、そのアーカイブのひとつだ。


私はメモ帳を取り上げ、眺めた。

文字が記してある。

私は文字を読んでいく。


――地下牢に拘束していた女が逃げたと連絡があった。あの女、駐在所で笹田巡査を襲い、拳銃を奪ったそうだ。すでに二人射殺して、今はどこかに潜伏しているらしい。

まったく、今日は大切な儀式があるっていうのに、面倒なことになった。だが村人たちを下手に怖がらせてはいけない。儀式は何よりも優先されなければならない。

御三家による緊急の寄合よりあいを開き、そこで対処を決めることとする――


なんでこんな重要な情報がメモ帳に書き殴られているんだよ、というツッコミは野暮である。

なんでもかんでも紙に書き残されているのはホラーゲームのお約束だ。


それにしても、お巡りさんを襲って拳銃を奪って二人も射殺するとは、恐ろしい女もいたものである。


「……」


拳銃を持った、女……?


そのとき、背後からそっと体を抱かれ、私は仰天した。


「なに見てるの?」


私の耳を、奏さんの甘い囁き声がくすぐる。


「あ、いや、その……」


奏さんの視線が、電話台の上のメモ帳に向けられるのが気配で分かった。


「……」


「……」


長い長い沈黙があった。


これはヤバい状況だと、私の心が叫んでいる。


「あ、あの、奏さん」


「ん?」


「トイレに、行きたいのですが」


「さっき行ったよね?」


「今度は、その、お腹のほうが……」


「ああ、なるほど」


奏さんの腕が、私の体からふっと離れた。


「イ、イッテキマス……」


私はガチガチに緊張して、玩具おもちゃの兵隊みたいな動きで歩き始めた。


「ミコちゃん」


「! は、はい!」


背中に声をかけられ、私は立ち止まる。


「おトイレ、そっちじゃないよね?」


「あ、ああ、そうですね……」


「ねえ、ミコちゃん。もしかして、逃げようとしてる?」


「いえ、そげなことは……ひっ!」


背中に、何か硬いものが押し付けられた。


まさか、銃口……?


「いい子にしてね? じゃないと、死んじゃうよ?」

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和風ホラーゲームの生贄少女になってしまいましたが、全力で生きのびます みちしお @shiomichi4040

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