第28話 伊勢橋三夕の朝


 私は朝が早い。

 生前は毎朝6時に家政婦さんが起こしに来てくれていたから、死んだ今もその生活がしみ込んでいて、ほぼ6時ジャストに目を覚ます。


 多摩川さんに存在を認知されてからはほとんど実体化したまま過ごしていて、いつもは一人で横になって寝ているけれど、今日は瑠琉が私の上に乗っかって寝ていたらしい。


 重いといえば重い。

 でも所詮は中学1年生の13歳。あとは完全に私に体重を乗せているわけでもないし、潰されるほど苦しくはないから大丈夫。


 七子は大変だろうなぁ。


 なんて思いながら、私の胸を枕にしてうつ伏せで寝息を立てる瑠琉の肩を揺すってみるが、なかなか起きず一旦諦めてみる。


 ベッドの方に顔を向けると、いつの間にか起きていた多摩川さんが七子の上に覆い被さって、頬をつんつんとつついていた。七子も起きる様子が無く、されるがまま。


 すると多摩川さんが私に気付いて慌てたようにベッドに座り直す。


「み、三夕ちゃん、起きてたんだ」

「おはようございます。……何してたんですか?」

「七子ちゃん、可愛いなぁって」

「そうですか」

「そっちは大変そうだね」

「はい。早く朝ご飯の準備して瑠琉を起こしてください」

「……うん、そうだね」


 名残惜しそうに七子の方を向いた多摩川さんは、そっと寝ている七子の頭を撫でてから朝ご飯の準備のためキッチンへと向かう。

 食品棚からガサゴソと音が聞こえ、瑠琉が本能的にむくっと起き上がり、「椎菜、ごはんー?」と言いながらいつもの席へと座りに行った。


 やっと解放され、起き上がりいつも通り私の定位置であるソファの奥側に座る。

 ぼーっと真っ黒のテレビ画面を見つめているとパッと画面が付き、朝のワイドショーが流れ始める。別にテレビは見なくても良い。なにも考えず真っ黒の画面に映った自分を見つめるだけでも十分だから。

 そう思っていても、最近の朝は涼葉がソファにやって来てテレビを観るから、無心でぼーっとできる時間が減っている。


 まあ、それも楽しいから良いのだけど。


 隣に座って脚に挟んだ杖を抱きかかえながらワイドショーを観る涼葉の横顔をじっと見てみるが、視線に気付かないのか梅雨入り予報を食い入るように観ていた。


 ……どこが面白いのだろう。


 梅雨は苦手だけど、私は雨に当たったことがほとんどないから、どうでも良いと言えばどうでもいい。生前は、自宅内にあるガレージから車に乗り登校していたし、傘は正門で待機している幼馴染に差してもらって校舎に入っていたから。


 7時を過ぎた頃に多摩川さんがいつもより早めに仕事の準備を終え、いつものようにベッドに座る七子を撫でに行き、クローゼットを開け沙李奈に抱き付いてからソファへと来る。


 先に私の方へ来て、「行ってきます」と言って頭を撫でてくれるので、私は「いってらっしゃい」と返す。次に隣に座る涼葉の前に立ち頭を撫でると、涼葉はどこか寂しそうな眼差しで口を開く。


「神よ、また我を置いて行ってしまうのですか!」

「今日行けば、明日と明後日は休みだから」

「遅延なき帰還を心から祈っていますぞ!」

「うん。定時で帰って来るからね」


 そう言った後に涼葉の唇に触れ、さっき食べていたパンの欠片を指で取り、それを自分の口へと運びながらテーブルの近くで立って見ていた瑠琉の元へと向かう。


「瑠琉ちゃん、行ってきます。キッチンにカップラーメンあるからケトルで沸かして作って食べてね」

「分かった」


 その場で瑠琉の頭も撫でるのかと思いきや、一緒に玄関へ行く。

 玄関の扉の開け閉めが聞こえた後、瑠琉がスタスタと歩いて来て、私と涼葉の間にちょこんと座った。


「瑠琉よ、神の帰還まで魔法の特訓をするぞ!」

「魔法、飽きた」

「なんだと!貴様、それで本当に魔族を名乗れると思っているのか!」

「瑠琉、人間だもん」

「まさか貴様は人間族のスパイだとでも言うのか!」

「……三夕、助けて~」


 私は瑠琉に同情する。

 聞いているこっちとしても涼葉はめんどくさいから。

 最初に魔法を使えるようになりたいと弟子に志願した瑠琉も瑠琉だけど、涼葉もよく飽きずに続けられるものだ。


 私の膝に仰向けで寝転がった瑠琉は、足を伸ばしてわざとらしく涼葉の膝の上に乗せる。涼葉は完全にやる気を失くした瑠琉を見て、ローテーブルの上にあるテレビのリモコンを取る。電源ボタンを押しテレビを消すと、暇そうに瑠琉のブラウスの裾を掴んでひらひらと扇ぎ始めた。


 たまにちらっとブラウスの中を覗いていて、止めさせようと手を伸ばすと「おっと危ない」と言って私の手から逃げる。


「涼葉」

「なんだ貴様。我の邪魔をするな」

「あのさ。涼葉って瑠琉のこと好きなの?」


 見ていたら分かる。涼葉が現れたあの日から、瑠琉がくっつく度に涼葉が恥ずかしそうに頬を赤らめていたから。1週間経った今はもう頬を赤らめることはないけれど、寝ている瑠琉にあまりよろしくない悪戯をしてにやけているから、何かしら邪な感情はあるということだ。


 案の定、涼葉は私の言葉に動揺して、「馬鹿か貴様は」と否定はしない。


 まあ、この中で生年も享年も一番年上の私からすれば、微笑ましい限り。


 すると私のスカーフを引っ張って遊んでいた瑠琉が、私と涼葉の会話にさりげなく反応を示した。


「瑠琉は涼葉のこと好きだよ~」

「え?あ、……え!?」

「三夕も大好きだし、七子はもっと好き。たまに出てくる沙李奈も好き。でも椎菜が一番大好き」

「……」


 涼葉は瑠琉にとって、ワースト1位のたまに出てくる沙李奈と同位らしい。

 私が七子より下なのは認めるし、多摩川さんのことはみんなが一番好きだと思うから、誰も不満は無いはず。

 でも涼葉だけは納得いかないようで、「貴様ー!師匠が最下位とは、なんて恩知らずだ!」と言って瑠琉のブラウスの裾から手を差し入れていて、瑠琉が私から引っこ抜いたスカーフを鞭にして涼葉に抵抗していた。


 ……生前はあんなに地獄だったのに、死んだ今はなんて平和なんだろう。


 私はそんな二人を眺めながら、ローテーブルの上にあるガラスの小物入れから念力でアソートチョコを数個取り、それを自分の口へは運ばず瑠琉の口へと運んで食べさせてあげた。

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