好きな子と喧嘩した
第9話
ふと昼寝から目が覚め、ぼーっと天井を眺めてから顔を横に向ける。
そこに七子ちゃんの姿は無く、反対側に顔を向けてテーブルの方を見てみるが、瑠琉ちゃんの姿もどこにも見当たらない。
「……もしかして全部夢だった?」
前日の夜にR18の百合イラストなんて見て寝たからあんな夢を見てしまったんだ。
七子ちゃん、瑠琉ちゃん……。
夢だと分かっていれば、したい放題できたのに。
ゆっくり身体を起こし、ベッドから降りる。
思い切り伸びをしてから、窓の外へ視線を向けてみた。
「……あ」
ベランダには、瑠琉ちゃんが雑に干していた下着が掛かっている。
ひとつの洗濯ばさみに二~三着を強引に挟み、六つしかないピンチハンガーのはさみが足りなくなったあと、残ったブラを物干し竿に直接掛けていた。
せっかく手伝ってくれたのだからと直さずそのままにしていて、今もその状態ということは、やはり夢では無かったということなんだ。
ふとベッドの上を見ると、そこに黒くて長い髪が一本だけあるのに気付く。
私は明るめの茶髪だから、明らかに自分のものではないと分かる。
拾ってよーく観察してから、自分の鼻の近くへ持って行く。
匂いはしないが、これは七子ちゃんの髪の毛で間違いない。
「七子ちゃん……」
この髪の毛は、一生取っておこうと思う。
沢山集めて、いつかアクセサリーにするんだ。
そんな気持ちの悪い妄想をしながら、私はその髪の毛を本棚の一番上に置いて、崇めるように手を合わせる。
二人が消えてしまった理由は分からないけれど、夢では無かったと証明されたし、地縛霊ならきっとまた必ず出てきてくれるはず。
そう信じることにして、私はソファへと向かった。
ローテーブルの上に置いてあるリモコンでテレビを付け、HDMIに切り替える。
スマホのサブスクを開き、それをテレビに映す。
「さて、溜まってた百合アニメを消化するぞー」
これぞ休日の過ごし方。
好きな作品のポップアップストアや、好きな声優さんのイベントぐらいでしか遠出する用事が無いため、基本的に私はインドアである。
アニメをスタートさせ、ソファに腰掛ける。
「前回は放課後に喧嘩別れしたところで終わったのか。序盤でこの展開とか普通にやばいよな」
割と普通の声量で独り言を呟いたみたが、もしも瑠琉ちゃんがいたら何か反応されていただろうな。
そんなことを思いながらアニメを鑑賞していると、右手に何か冷たいものが触れた気がして、反射的に隣を見る。
「……瑠琉ちゃん?」
ソファにいるとすれば、自由に動けるあの子しかいない。
そのため恐怖や驚きよりも、少しばかり期待を込めて名前を呼んでみたが、隣にその生意気幽霊ちゃんが現れる気配は無く、私は気のせいだと思うようにしてまたテレビ画面へ視線を戻した。
1クール目が終わったタイミングで見るのを止め、ふと部屋の中を見渡す。
気が付くと日が沈み暗くなっていたようで、ソファから立ち上がりキッチンへ行く手前にあるスイッチで部屋の照明を付ける。
今から洗濯物を取り込んで、晩ご飯の準備をして……。
「晩ご飯、何作ろうかな」
瑠琉ちゃんがいればとっておきのものをと考えたりもしたが、いないならなんでも良いか。
キッチンへ向かおうとすると、部屋の中から声が聞こえてくる。
「椎菜ー、お腹空いたー」
私は足を止め慌てて振り返る。
「瑠琉ちゃん!?」
そこには、退屈そうにテーブルに突っ伏しながら、顔だけ上げ私のことをじっと見てくる瑠琉ちゃんの姿が。
「瑠琉ちゃん、おかえり!」
たった数時間なのに、出てきてくれたことがあまりにも嬉しすぎて、私は思わずキッチンへ行くのを止め瑠琉ちゃんの所へ戻った。
不思議そうに上目遣いで私のことを見上げてくる空腹幽霊ちゃんの頭を優しく撫でながら、数時間ぶりに見られたその可愛いお顔を眺める。
この子はきっと、お腹を満たすと消え、お腹を空かせると出てくる。
それが、寺本瑠琉という地縛霊なのだろう。
瑠琉ちゃんが出てきてくれたことで晩ご飯を作る気力も湧いて来たはずなのに、それよりもこの空腹幽霊ちゃんが可愛すぎて今は離れたくない。
「椎菜、早くご飯作って」
私は瑠琉ちゃんのその言葉で我に返り、名残惜しそうにゆっくりと手を離す。
「はいはい。もうちょっと待っててね~」
「今日は何作るの?」
「どうしよっかな~。チャーハンとかどう?」
「チャーハン!?やったー!!」
メニューが分かり一気に元気を取り戻した瑠琉ちゃんは、勢いよく身体を起こし両手を上げながら喜びを全身で表現する。
ここまで喜んでくれるなんて、この子は本当に可愛すぎではないか。
落ち着く様子も無く、両手を握ってテーブルをトントン叩く瑠琉ちゃんの頭をもう一度撫で、「1時間くらい待っててね」と伝え、キッチンへ向かった。
ご飯2号を早炊きし、その間に食器を洗う。
するとテーブルから離れた瑠琉ちゃんが、部屋とキッチンの境目まで歩いて来た。
「椎菜~、洗濯もの取り込んでおくね~」
「え?あ~、うん。よろしく!」
瑠琉ちゃんは私の返事を聞くと、スタスタとベランダの方へ歩いて行った。
生意気幽霊だと思っていたけれど、積極的に家事を手伝ってくれるお利口幽霊ちゃんだったんだ。
あとで、いっぱい褒めてあげなきゃ。
「ふんふふ~ん」
また鼻歌を口ずさみながらキッチンを片付け、ご飯が炊けるまでの間にお風呂を済ませ、それからチャーハン作りを開始。
オムライスよりも早く出来上がり、前回と同様に瑠琉ちゃんの皿には1.5号分を盛り付け、自分の分と一緒に両手に抱えて部屋へ戻った。
テーブルのいつもの席に座って待っていた瑠琉ちゃんが、目を輝かせながらテーブルをトントン叩く。
「チャーハン!チャーハン!椎菜のチャーハンっ!」
「お待たせ瑠琉ちゃん」
「おおお!すっごく美味しそう!」
今にも零れ落ちそうなほどキラキラと瞳を輝かせ、昼に見た以上の溢れんばかりの笑顔を見せる瑠琉ちゃんの目の前にチャーハンを置き、スプーンを傍に置くとすぐに取り「いただきます!」と元気に挨拶をして早速食べ始めた。
こんなにも全身で喜びを表現してくれる瑠琉ちゃんが、本当に尊くて仕方がない。
「どう?美味しい?」
「うん!」
口の周りにご飯粒を付けた瑠琉ちゃんが、幸せいっぱいの笑顔を向けて答える。
私はそんな瑠琉ちゃんの口元へそっと手を伸ばし口に付いたご飯粒を取ると、そのまま取ったご飯粒を自分の口へと運んでいく。
瑠琉ちゃんは気にせず食べ続け、私はそんな愛しすぎる食べ盛り幽霊ちゃんを眺めながら、自分のチャーハンを少しずつ減らしていった。
「ごちそうさま!」
「お粗末様でした」
食べ終わると、瑠琉ちゃんはまたあくびをし始める。
……まずい、また消えてしまう。
今日こそ三人、もしくは七子ちゃんが出て来なくても瑠琉ちゃんと二人で寝ると決めたのに。
「瑠琉ちゃん待って!一緒に寝ようよ!」
「おやすみ椎菜~」
私が呼び止めようと瑠琉ちゃんの腕を掴んだ瞬間、目の前から消えてしまい空になった皿だけが虚しく残る。
笑顔の瑠琉ちゃんが見たい、でも満腹になると消えてしまう。
「瑠琉ちゃん攻略、無理じゃね」
ふてくされたようにキッチンに皿を放置し、また誰もいなくなってしまったことで悔しさと寂しさが込み上げ、脱力するようにベッドへ飛び込んだ。
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