第28章 会社の設立、そして夢の始まり
ベンチャーキャピタルからの投資決定は、結衣と悠人の新たな一歩を力強く後押しした。資金調達という最初の大きな壁を乗り越え、彼らの心は、未来への期待と、高まる情熱で満ち溢れていた。大学の教授室を出て以来、二人の頭の中は、もはや研究テーマだけでなく、具体的な会社のビジョン、製品開発、そしてチームビルディングといった、具体的な経営の青写真で埋め尽くされていた。
「悠人、社名、どうしよう? かっこいい名前がいいな!」
ある日の放課後、二人は大学のカフェで、ノートPCを広げ、社名の候補をリストアップしていた。結衣が目を輝かせながら提案すると、悠人は、いつもの冷静な表情で、しかしどこか楽しそうに頷いた。
「そうだね。僕たちのAIが、人間の感情を理解し、共感できるような、そんな意味合いが込められた名前がいいな。あとは、Linuxのオープンソース精神みたいに、自由で、未来志向なイメージも欲しい」
彼らは、数日間、あらゆる言葉を組み合わせ、膨大な候補を出し合った。そして、最終的に選んだ社名は、「Empathy AI (エンパシーAI)」だった。
「Empathy AI…! すごくいい響きだね! 私たちのAIが、共感の架け橋になるって意味だもんね!」
結衣が喜ぶと、悠人も満足げに頷いた。その名前には、彼らの研究への情熱と、AIがもたらす未来への希望が、込められていた。
社名が決まると、いよいよ会社の設立手続きが本格的に始まった。悠人は、インターネットで調べた情報をもとに、会社設立に必要な書類を一つずつ作成していった。定款の作成、印鑑証明書の取得、法務局への登記申請。これまでの彼らの研究生活とは全く異なる、煩雑な事務作業の連続だった。
結衣は、そんな悠人の姿を見て、改めて彼の器用さと、どんな困難にも冷静に取り組む姿勢に感銘を受けた。彼は、AIの複雑なアルゴリズムを構築するだけでなく、法律や会計といった、全く異なる分野の知識も、驚くべき速さで吸収していく。彼のその姿は、まるで、どんな種類のデータでも効率的に処理できる、高性能なLinuxサーバーのようだった。
「悠人、この部分の記述で合ってるかな? ちょっと専門用語が多くて…」
結衣が、定款の草案を見せながら尋ねると、悠人は、彼女の隣に座り、丁寧に説明してくれた。
「ここは、会社の事業目的を明確にする部分だから、AI開発だけでなく、関連するコンサルティング事業や、システムの提供も視野に入れて記述した方がいい。将来的に事業を拡大する時に、柔軟に対応できるようにね」
彼の言葉は、常に先を見据えていた。結衣は、彼から学ぶことで、単なる技術的な知識だけでなく、経営者としての視点や、ビジネスの戦略についても、少しずつ理解を深めていった。
そして、数週間後、ついに彼らの会社、「Empathy AI株式会社」が設立された。法務局から送られてきた登記完了の通知書を手に、結衣と悠人は、大学のキャンパスで、互いに顔を見合わせ、喜びを分かち合った。
「やったね、悠人! 私たち、社長と副社長だよ!」
結衣が、興奮気味に言うと、悠人も、珍しく満面の笑みを浮かべた。
「ああ。ここからが、本当のスタートだね、結衣」
彼の言葉に、結衣は強く頷いた。会社の設立は、彼らの夢への第一歩に過ぎない。これから、彼らが目指す「人間とAIの協調による新たなコミュニケーションモデル」を社会に実装していくという、壮大な挑戦が始まるのだ。
最初のオフィスは、大学から程近い、小さなレンタルオフィスの一室を借りた。そこには、真新しいデスクと椅子、そして、彼らの愛用のLinuxがインストールされたPCが並んでいる。結衣は、自分のデスクに座り、Linux Mintのデスクトップを見つめた。これまでの、個人的な学習や研究の場だったLinuxが、今、自分たちの「会社」を動かす基盤となる。その事実に、結衣は、深い感慨を覚えた。
設立後、彼らがまず取り組んだのは、初期メンバーの採用だった。彼らは、大学のキャリアセンターを通じて、インターン生や、新卒の優秀な人材を探した。
「悠人、この人、プログラミング経験は豊富だけど、チームでの開発経験が少ないみたい。どうかな?」
結衣が、履歴書を見ながら悠人に尋ねると、彼は少し考え込んだ。
「うん。技術力ももちろん重要だけど、僕たちが目指しているのは、単にコードを書くだけじゃない。人間の感情を理解し、共感できるAIを創ることだから。だから、人間性やコミュニケーション能力も重視したい。結衣は、この人と実際に話してみて、どう感じた?」
悠人の言葉に、結衣は改めて彼の視点の深さに気づいた。彼は、常に技術の先に「人間」を見ている。結衣は、彼から学ぶことで、人材採用という、これまで全く知らなかった分野についても、多くのことを学んでいった。
数週間後、彼らの元に、数名の優秀なメンバーが集まった。彼らは、AI開発の経験を持つエンジニアや、UI/UXデザインに長けたクリエイターなど、多様な才能を持つ人材だった。そして、何よりも、彼らのビジョン「Empathy AI」に共感し、その実現に情熱を燃やす仲間たちだった。
結衣は、初めてのチームミーティングで、少し緊張しながらも、自分たちのビジョンを語った。
「私たちは、『Empathy AI』を通じて、AIが単なる道具ではなく、人間の感情を理解し、共感できるパートナーとなる未来を創りたいと考えています。皆さんの力を借りて、その夢を実現したいです!」
結衣の言葉に、メンバーたちは真剣な眼差しで頷いた。その目には、未来への期待と、新たな挑戦への情熱が宿っていた。
ミーティングの後、悠人は、結衣の隣に座り、優しく言った。
「結衣、完璧なプレゼンテーションだったよ。みんな、結衣の言葉に、心を動かされたはずだ」
彼の言葉に、結衣は胸が熱くなった。彼が、いつもそばで支え、励ましてくれる。その存在が、結衣にとって、何よりも大きな力となっていた。
Empathy AI株式会社の最初のプロダクトは、心のケアを必要とする高齢者向けのAIコンパニオンサービスだった。AIが、高齢者の表情や声のトーンから感情を読み取り、温かい言葉を投げかけたり、日常の会話の相手になったりする。それは、まさに、彼らが大学で研究してきた感情認識AIの集大成とも言えるプロダクトだった。
新しいオフィスで、彼らのLinuxがインストールされたPCが、静かに稼働している。結衣は、ディスプレイに映し出されたEmpathy AIのロゴを見つめながら、未来への大きな希望を抱いた。彼らが創り出すAIは、きっと、多くの人々の心を癒し、豊かなコミュニケーションを育むだろう。
悠人と共に歩む未来は、決して平坦な道のりではないかもしれない。しかし、Linuxという共通の言語と、AIという無限の可能性、そして何よりも互いへの深い信頼と「愛」があれば、どんな困難も乗り越えられる。結衣は、そう確信していた。彼らの夢は、今、始まったばかりだ。
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