第19章 大学進学、それぞれの道、そして深まる絆
ハッカソンの成功は、結衣と悠人の関係に、さらなる確かな絆を築いた。最優秀賞という結果以上に、共同で一つのものを作り上げた達成感、そして困難を共に乗り越えた経験は、二人の間に特別な信頼感を育んだ。彼らは、単なる恋人であるだけでなく、互いの知的好奇心を刺激し、高め合う、かけがえのないパートナーとなっていた。
高校三年生になり、進路の話題がクラスで持ち上がるようになると、結衣と悠人の選択は、自然な流れで決まっていた。二人とも、迷うことなく情報科学系の学部を志望した。特に、悠人は、かねてから興味を持っていたAIと機械学習の研究に深く携わりたいと考えており、結衣もまた、彼の影響を受け、データサイエンスの分野に強い関心を持つようになっていた。
「悠人、この大学のオープンキャンパス、AIのデモがあるらしいよ! 一緒に行かない?」
結衣が目を輝かせながら悠人に提案すると、彼はいつも通りの冷静な表情で、しかしどこか嬉しそうに頷いた。
「ああ、いいよ。でも、その大学のAI研究室は、並列処理に特化してるから、OSはLinuxベースのものが主流だろうね。事前に論文を読んでおくと、もっと楽しめると思う」
悠人の言葉は、いつも結衣の知的好奇心を刺激した。彼の知識は深く、どんな話題でも、すぐにLinuxやプログラミング、そして最新の技術トレンドへと繋げてくれる。そんな彼の隣にいると、結衣の世界は、無限に広がっていくような気がした。
受験勉強は、決して楽な道のりではなかった。特に、これまで感覚的にPCを扱ってきた結衣にとって、数学や物理といった基礎科目、そして情報科学の理論的な部分は、時に大きな壁として立ちはだかった。しかし、悠人がそばにいてくれるだけで、彼女は頑張ることができた。
悠人は、結衣が分からない問題があると、決して答えを教えるのではなく、ヒントを与え、結衣自身が解決策を見つけられるように導いてくれた。それは、彼がLinuxでエラーが出た時に、結衣に的確なコマンドを教え、彼女が自分で問題を解決できるように促してきた姿と重なった。
「この問題は、グラフ理論の応用だから、まずはグラフの構造を考えてみたらどうかな? あと、このアルゴリズムは、計算量が多いから、もっと効率的な方法があるはずだよ」
彼の言葉は、まるでLinuxのmanコマンドのように、結衣が自分で知識を探求するための「マニュアル」だった。彼と議論することで、結衣は、ただ知識を吸収するだけでなく、論理的思考力や問題解決能力を、着実に身につけていった。
そして、二人とも、見事、志望していた大学の情報科学部に合格することができた。合格発表の日、結衣は自分の受験番号を見つけた瞬間、思わず悠人に抱きついた。
「悠人! 受かったよ! 受かった!」
結衣の喜びの声に、悠人も、普段はあまり感情を表に出さない彼が、珍しく満面の笑みを浮かべていた。その笑顔は、結衣にとって、何よりも最高の合格祝いだった。
春、桜舞い散る入学式の日。新しいスーツに身を包んだ結衣と悠人は、希望に満ちた表情で大学の門をくぐった。高校生の頃とは違う、広大なキャンパス。そこには、無限の知の世界が広がっているように感じられた。
しかし、大学生活が始まると、二人の関係は、少しだけ変化した。悠人は、AI研究室に足繁く通い、教授や先輩たちと、専門的な議論を交わすことが増えた。彼は、すでに学部生でありながら、大学院生に混じって研究プロジェクトに参加するなど、その突出した能力を遺憾なく発揮していた。
一方、結衣は、データサイエンスの基礎を固めるために、PythonやRといったプログラミング言語の学習に没頭した。彼女の周りには、プログラミング初心者も多く、結衣は、高校時代に培ったLinuxの知識や、プログラミングの経験を生かして、友人たちの相談に乗ることも増えた。
それぞれの専門分野が明確になるにつれて、二人の間には、これまでにはなかった「距離」が生まれたように感じられた。もちろん、それは、物理的な距離ではなく、それぞれの研究や学習に没頭する時間の増加によるものだ。
「悠人、最近、研究室にいる時間、長いね。疲れてない?」
結衣が心配して尋ねると、悠人は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん、結衣。どうしても、このAIのモデルの最適化に時間がかかってしまって。バグがなかなか取れなくて…」
彼の言葉に、結衣は少しだけ寂しさを感じた。高校生の頃は、毎日のようにPC教室で一緒に過ごし、どんな時も彼がそばにいた。しかし、大学では、それぞれの専門分野が異なり、話が合わないことも増えてきた。
ある夜、結衣は自室のPCに向かい、Linux Mintのデスクトップを見つめていた。悠人から送られてきた、最新のAI研究の論文を読んでみたが、専門用語ばかりで、ほとんど理解できなかった。
「私、悠人のこと、全然理解できてないのかな…」
結衣は、ふと不安になった。彼が、あまりにも先を行きすぎているように感じられたのだ。彼の知識の深さに、ついていけていないのではないか。そんな劣等感が、結衣の心を締め付けた。
しかし、結衣は諦めなかった。彼女は、悠人との間に生まれたこの「距離」を、ネガティブなものとして捉えたくなかった。むしろ、お互いの専門分野を深く理解し、尊重し合うことで、二人の絆はもっと強くなるはずだと信じた。
結衣は、悠人から送られてきた論文を、もう一度、読み始めた。分からない単語は、その都度インターネットで調べ、関連する書籍を読み漁った。彼の研究内容を理解しようと、必死に食らいついた。それは、まるで、Linuxの難解なソースコードを解読するかのような、果てしない作業だった。
そして、ある日、結衣は悠人に提案した。
「悠人、私、今度、悠人の研究室に遊びに行ってもいいかな? 悠人の研究してるAIのこと、もっと詳しく知りたいんだ!」
結衣の言葉に、悠人は驚いたように目を丸くした。
「え、でも、結衣の専門とは違う分野だし…」
「いいの! 悠人のこと、もっと知りたいから!」
結衣の真っ直ぐな言葉に、悠人は優しく微笑んだ。
「ありがとう、結衣。もちろん、大歓迎だよ」
彼の笑顔は、結衣の心を温かく満たした。大学に進学し、それぞれの専門分野に進んだことで、二人の間には一時的に「距離」が生まれたかもしれない。しかし、それは、お互いの世界を広げ、より深い部分で理解し合うための、大切なプロセスだった。
結衣は、悠人との絆が、どんな困難も乗り越えられるほど強固なものであることを確信していた。そして、それぞれの道を歩みながらも、二人の知的な探求は、これからも共に続いていく。Linuxという共通の言語が、彼らをいつまでも繋ぎ続けるだろうと、結衣は信じていた。
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