第17章 新たな関係の始まり、そして広がる世界
カフェでの告白は、結衣の心に、これまで感じたことのない、甘く温かい光を灯した。田中悠人が見せた、あの満面の笑顔は、彼女の脳裏に深く焼き付き、彼の口から飛び出した「僕もだよ、結衣」という言葉が、彼女の心を震わせた。それは、彼女の人生に、新たな「カーネル」がインストールされ、無事に「起動」した瞬間だった。
カフェを出て、夜風に吹かれながら歩く道のりも、二人にとっては特別なものだった。沈黙が流れても、以前のような気まずさはなく、ただ心地よい安心感に包まれていた。結衣の隣を歩く田中悠人の存在が、これまで以上に温かく、そして頼もしく感じられた。
「あの…田中くん…」
結衣は、意を決して、彼の名前を呼んだ。
「これからは…なんて呼べばいいかな…?」
結衣の問いに、田中悠人は少しだけ考え込み、それから、優しい眼差しで結衣を見つめた。
「…悠人、でいいよ。結衣は?」
「じゃあ、悠人。私も…結衣でいいよ」
互いの名前を呼び合った瞬間、二人の間に、目に見えない絆が、より確かなものとして結ばれたのを感じた。それは、まるで新しい「シンボリックリンク」が張られたかのように、二人の距離を、さらに縮めるものだった。
その日から、結衣と悠人の関係は、明らかに変化した。学校では、これまでと変わらずPCに関する深い話をするけれど、そこに、これまでなかった甘い空気が加わった。休憩時間には、結衣のクラスに悠人が訪れるようになり、彼らの間には、小さな秘密の囁きや、アイコンタクトが交わされるようになった。
親友の葵は、二人の変化にすぐに気づいた。
「あらあら、結衣ちゃん、田中くんと、なんかいい感じじゃん? 顔がデレデレだよ〜」
葵のからかいに、結衣は顔を赤くして反論する。
「も、もう! 葵のバカ!」
けれど、結衣の心は、否定する言葉とは裏腹に、喜びで満たされていた。悠人と恋人になったこと。それは、彼女の日常に、これまでになかった「ドキドキ」という感情のモジュールをインストールしてくれた。
悠人とのチャットも、大きく変わった。これまでは、技術的な質問や情報共有がメインだったけれど、今は、他愛ない日常の出来事や、お互いの感情を伝え合うツールへと変化していた。
結衣:「悠人、今日、情報の授業で、先生がLinuxのことちょっとだけ話してたよ! なんか、嬉しかった!」
悠人:「へぇ、そうなんだ。どんな話?」
結衣:「Windowsと違って、自由なOSだって! 私もそう思う! 悠人は、今日の授業どうだった?」
悠人:「いつも通り。でも、結衣の顔が見られて、少しだけやる気が出たかな」
悠人からの、不意打ちのような甘い言葉に、結衣は布団の中で顔を覆った。彼の言葉は、まるで彼女の心をダイレクトに操作する「root権限」を持っているかのように、簡単に彼女をキュンとさせた。彼の、普段のクールな印象からは想像もつかないような甘い言葉に、結衣は何度も照れくささと喜びを感じていた。
週末になると、二人はデートに出かけるようになった。映画館に行ったり、新しいPCショップを巡ったり、時には、二人で静かな公園を散歩したりもした。どんな場所へ行っても、二人の会話は、自然とPCや科学の話題へと繋がった。
ある日、悠人と一緒に、新しくできた科学博物館に行った時のことだ。そこには、最新のロボット技術やAIの展示が並んでいた。
「悠人、このロボット、すごく滑らかな動きだね! どういうプログラミングで動いてるんだろう?」
結衣が目を輝かせながら尋ねると、悠人は真剣な表情で、ロボットの構造や制御システムについて、丁寧に説明してくれた。彼の知識は深く、結衣の質問に、いつも的確な答えを返してくれる。彼の話を聞いていると、結衣の知的好奇心は、無限に刺激された。
「このAIの学習プロセス、Linuxで構築されてる可能性もあるよね。オープンソースのライブラリも使われてるだろうし…」
悠人の言葉に、結衣は深く頷いた。二人の会話は、他のカップルとは少し違っていたかもしれない。一般的なデートで交わされるような、流行の話題や、感傷的な言葉は少なかった。しかし、その分、二人の間には、知的な探求心と、互いの知識を尊重し合う、確かな絆があった。
悠人の影響で、結衣の世界は、さらに広がっていった。彼は、結衣に新しいプログラミング言語を教えてくれたり、最新の技術動向について教えてくれたりした。悠人との会話は、結衣にとって、まるで新しいLinuxの「ディストリビューション」に出会うかのような刺激に満ちていた。彼の言葉は、常に彼女の視野を広げ、新しい挑戦への扉を開いてくれた。
そして、結衣は、改めて悠人の優しさに気づく。彼は、いつも結衣のペースに合わせてくれた。彼女がPCのことで悩んでいると、決して急かすことなく、彼女が理解するまで、何度でも丁寧に説明してくれた。彼の優しさは、まるでLinuxのオープンソース精神のように、全てを受け入れ、包み込んでくれるような温かさがあった。
ある日の放課後、悠人が結衣のPCに、とあるLinuxのコマンドを教えてくれた。それは、デスクトップの壁紙を、時間帯によって自動的に変更するコマンドだった。
「これ、すごくない!? 朝は明るい風景で、夜になったら夜景に変わるんだよ! 悠人、ありがとう!」
結衣が興奮気味に言うと、悠人は少し照れたように微笑んだ。
「喜んでくれて、よかった」
彼の笑顔は、結衣の心を温かく満たした。彼といると、どんなに些細なことでも、特別に思える。彼との時間は、彼女の日常に、これまでになかった喜びと、彩りを与えてくれた。
結衣は、自分の心の中に、これまで知らなかった「愛」という名の新しい感情が、着実に根付いているのを感じていた。それは、単なるPCの知識を共有する仲間という関係を超え、互いの存在を深く理解し、支え合う、かけがえのないものへと変化していた。
二人の関係は、始まったばかりだ。しかし、結衣は、悠人と共にいる未来が、無限の可能性に満ちていることを確信していた。まるで、オープンソースのソフトウェアのように、二人の関係もまた、これからどのように進化していくのか、誰も予測できない。しかし、その未知なる未来が、結衣には、とても楽しみで、そして、希望に満ちていた。
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