第12章 親友への相談、そして新たな視点
田中悠人からの突然の告白の夜から一夜明けた。結衣はほとんど眠れなかった。ベッドの中で何度も寝返りを打ち、頭の中では昨夜の出来事がぐるぐると繰り返されていた。彼が言った言葉、彼の真剣な眼差し、そして、それに対する自分の心の動揺。全てが、まるで高性能なPCのCPUがオーバーヒートしたかのように、熱く、そして混乱していた。
朝、鏡に映った自分の顔は、目の下にうっすらとクマができていて、顔色も優れない。しかし、学校に行かないわけにはいかない。いつも通りの日常が、彼女を待っている。いつも通りのPC教室、いつも通りの授業、そして、いつも通りの友人たち。その中に、田中悠人がいる。彼と、どんな顔をして会えばいいのか。
登校中も、結衣の頭の中は整理がつかないままだった。通学路の桜並木は、すっかり葉を落とし、秋の深まりを感じさせる。季節の移ろいのように、自分の心にも、大きな変化が訪れていることを、結衣は痛感していた。
学校に着くと、真っ先に親友の佐藤 葵(さとう あおい)が、いつものように明るい声で話しかけてきた。
「結衣、おはよー! なんだか今日、元気ないね? 文化祭の疲れがまだ残ってるの?」
葵の明るい声が、結衣の心に少しだけ温かさをもたらした。結衣は、一瞬ためらった。こんな複雑な感情、誰に話せばいいのだろう。しかし、葵は、結衣にとって最も信頼できる親友だ。PCのことは分からなくても、きっと、女の子としての悩みに、何かヒントをくれるかもしれない。
放課後、人通りの少ない図書室の隅で、結衣は葵に、昨夜の出来事を全て話した。田中悠人からの告白、そして、それに対する自分の混乱と戸惑い。
「えええええええええええ!? マジで!? あの田中くんが結衣に告白!?」
葵は、目を丸くして驚きを隠せない様子だった。彼女の驚きは、結衣が最初に聞いた時のそれと全く同じだった。無理もない。クラスの隅でPCを弄っている無口な田中悠人と、PCに熱中している結衣が、恋愛関係になるなど、周りから見れば、まさか、という話だろう。
「うん…私、どうしたらいいか分からなくて…」
結衣は、俯きながら、正直な気持ちを吐露した。
葵は、驚きつつも、すぐに真剣な表情になった。結衣の隣に座り、彼女の肩をそっと抱き寄せる。
「結衣、まずは落ち着いて。ねぇ、結衣さ、田中くんのこと、どう思ってるの?」
葵の問いに、結衣は黙り込んだ。その答えが、彼女自身にも分からなかったからだ。
「私、田中くんのこと、最初はLinuxの達人だと思ってた。私よりずっとPCに詳しいし、困った時はいつも助けてくれるから。文化祭の時も、田中くんがいなかったら、音響、絶対に成功しなかったし…」
結衣は、田中悠人への信頼と感謝の気持ちを語った。彼の技術力、彼の知識、そして、彼の優しさ。それらは全て、結衣が彼に対して抱いている確かな感情だった。
「うんうん。それは私も知ってるよ。でも、それだけ?」
葵は、結衣の言葉を遮らず、静かに問いかけた。その問いは、結衣の心の奥底に、さらに深く踏み込んでくるようだった。
「それだけって…どういうこと?」
「だってさ、結衣、田中くんとPCの話してる時、すっごく楽しそうだよね。私にはよく分からない話でも、結衣がキラキラしてるのは分かるよ。あと、困ってる時、いつも田中くんのこと頼ってるし、なんか、安心しきってる感じ?」
葵の言葉に、結衣はハッとした。確かに、田中悠人といると、いつも新しい発見があって、心が躍った。彼がそばにいると、どんな難しい問題にも立ち向かえるような気がした。そして、彼とチャットをしている時の、あの胸のドキドキ。それは、PCがうまく動いた時の達成感とは、明らかに違う種類のものだった。
「それにさ、結衣。田中くんが、他の女の子と話してるの見て、なんかモヤモヤしたこととか、ない?」
葵の質問に、結衣は一瞬、顔を赤らめた。これまで、そんなことを意識したことはなかった。けれど、もし、田中悠人が、自分以外の誰かと、PCの話で盛り上がっていたりしたら…想像するだけで、胸の奥がチクリと痛むような気がした。
「そ、そんなこと…ないよ…」
結衣は、慌てて否定したが、その声は、どこか上ずっていた。
葵は、そんな結衣の反応を見て、ニヤリと笑った。まるで、彼女の心の中を見透かしているかのように。
「ほらね。結衣って、本当に鈍感なんだから。それってね、恋ってやつだよ」
葵のストレートな言葉に、結衣は再び思考が停止した。恋。まさか、自分が。PCとLinuxにしか興味のなかった自分が、そんな感情を抱いているなんて。
「でも…私、田中くんのこと、友達だって思ってたけど…」
結衣は、まだ混乱していた。友人としての信頼と、恋という感情の境界線が、彼女には曖昧だった。
「友達と恋人って、全然違うよ。友達は、一緒にいて楽しい人。でも恋人は、一緒にいるとドキドキして、もっと特別な存在になりたいって思う人。結衣は、田中くんのこと、どうしたいの? このまま、ただの『PC仲間』でいたいの?」
葵の言葉は、まるでLinuxのdiffコマンドのように、結衣の感情の差異を明確に示そうとしていた。その問いに、結衣は再び黙り込んだ。ただの「PC仲間」でいたいか? そう問われると、結衣の心は、明確なノーを突きつけた。もっと彼と深く関わりたい。彼のことを、もっと知りたい。彼の隣に、もっと長くいたい。そんな感情が、確かに彼女の心の中に存在していた。
「私…私、田中くんのこと…」
結衣は、言葉を探した。その感情を、どう表現すればいいのか。それは、まるで新しいプログラミング言語を学ぶかのように、彼女にとって未知の領域だった。
葵は、結衣の言葉を辛抱強く待った。そして、優しく結衣の背中をさすった。
「焦らなくていいよ。でも、自分の気持ちと、ちゃんと向き合うことが大事だよ。田中くんは、結衣のこと、すごく大切に思ってるんだよ。私が見ても分かるもん」
葵の言葉は、結衣の心に、温かい光を灯した。田中悠人が、自分のことを大切に思ってくれている。その事実は、結衣の心を、これまで以上に強く揺さぶった。
図書室を出る頃には、西の空がオレンジ色に染まり始めていた。結衣の心の中は、まだ完全に整理されたわけではなかったが、葵との会話は、彼女に新たな視点を与えてくれた。これまで、「Linuxの達人」としか見ていなかった田中悠人という存在が、今、全く別の、そしてもっと特別な光を放って、彼女の心に映り始めている。
それは、まるで彼女のLinux Mintのシステムに、新しいカーネルがインストールされ、再起動を待っているような感覚だった。この「再起動」の後、彼女の「OS」は、どのような進化を遂げるのだろうか。結衣は、自分の心の中に生まれたこの新しい感情と、真剣に向き合うことを決意した。
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