第4章 文化祭の危機、そしてMintの挑戦
二年生の秋、学校全体が文化祭の準備に活気づき始めた。例年、この時期になると、普段は静かな校舎が、色とりどりの装飾や、作業の指示を飛ばす生徒たちの声で賑やかになる。結衣たちのクラス、2年B組は、今年の文化祭で「呪われた廃病院からの脱出」と題したお化け屋敷を企画することになった。
「はぁ〜、装飾とか、演出とか、色々大変だねー。特に、リアルさを出すために、音響とか照明とか、結構凝りたいんだけど、予算も時間も足りなくなりそう…」
親友の葵が、クラス会議の資料を眺めながら、ため息交じりにこぼした。クラスの皆も、お化け屋敷の企画自体は乗り気だったが、その準備の煩雑さに、早くも疲弊し始めていた。特に、肝心のお化け屋敷の雰囲気を左右する音響と照明は、専門的な知識と機材が必要だと考えられていたため、誰もが及び腰だった。
「音響かぁ…」
結衣は、葵の言葉を聞きながら、ふと思考を巡らせた。彼女の頭の中には、いつもLinux Mintの可能性が広がっていた。PCというツールを使って何かを表現することに、人一倍の情熱を燃やす結衣にとって、この状況は、むしろ絶好の機会に見えたのだ。
「そうだ! BGMとか効果音とか、Mintで作れないかな?」
結衣のひらめきに、その場にいたクラスの皆は、一瞬静まり返り、すぐにざわめき始めた。
「え、Mintで音楽作れるの? 無理じゃない?」
「Windowsのソフトじゃないとダメなんじゃない? プロの機材とかさ…」
「なんか、難しそう…」
否定的な意見や懐疑的な声が上がるのは当然だった。ほとんどのクラスメイトにとって、PCはせいぜいWordやExcel、PowerPointを使う程度の道具であり、音楽制作など、想像もつかない領域だったからだ。ましてや、結衣が日々熱弁している「Linux」という、彼らにとっては謎のOSで、そんなことが本当に可能なのか、誰もが半信半疑だった。
しかし、結衣は自信満々だった。彼女の瞳は、これまでのLinuxでの経験が裏打ちされた、確固たる信念を宿していた。
「大丈夫だよ! Mintには、音楽制作ソフトだって色々あるんだよ! Audacityとか、LMMSとか、フリーなのにプロ顔負けの機能を持ってるソフトがたくさんあるんだ! きっとできる!」
結衣は、まるで自分のPCの能力を証明するかのように、力強く断言した。これまで一人でLinuxの奥深さを探求してきた結衣にとって、これは、その成果を皆に示す絶好のチャンスでもあった。彼女の情熱的な訴えと、これまでのPCに関する知識の深さを知る数名のクラスメイトが、徐々に彼女の言葉に耳を傾け始めた。
「小野寺さん、そこまで言うなら、試しにやってみる?」
「でも、時間もそんなにないよ?」
それでも、クラス委員長が、結衣の提案に可能性を見出したのか、恐る恐る尋ねた。
「うん! 私に任せて! 絶対、最高の音響にするから!」
結衣は、迷いなく文化祭準備委員会の音響担当に立候補した。そして、その情熱がクラスメイトたちを動かし、最終的に彼女が音響の責任者となることが決定した。
音響担当になったものの、結衣一人では手に負えない部分があることは、彼女自身も理解していた。特に、お化け屋敷の雰囲気を盛り上げるには、単に音源を流すだけでなく、音の響きやタイミング、そして心理的な効果を狙った微調整が必要になる。そこには、彼女のまだ知らない、専門的な知識が求められるだろう。
その時、結衣の脳裏に浮かんだのは、いつも静かにPCに向かい、Linuxの深淵を覗いている田中 悠人の姿だった。彼なら、きっとこの難題を解決するヒントを持っているはずだ。いや、ひょっとしたら、彼自身が、このプロジェクトの強力な助っ人になってくれるかもしれない。
放課後、クラスメイトたちが今日の会議の片付けをしている中、結衣は意を決して、田中悠人に近づいた。彼はいつものように、自分のPCの画面を覗き込んでいた。
「あの、田中くん」
結衣の声に、田中悠人はゆっくりと顔を上げた。その表情は、やはり感情の起伏に乏しく、何を考えているのか読み取りにくい。
「…何?」
「音響のことで、田中くんに相談したいことがあるんだけど…」
結衣は、お化け屋敷の企画と、自分が音響担当になったこと、そしてLinux Mintで音源制作に挑戦したいと考えていることを、訥々(とつとつ)と説明した。彼女は、田中悠人がこの提案にどう反応するのか、少し不安だった。彼が興味を示さなければ、無理強いはできない。
田中悠人は、結衣の話を最後まで黙って聞いていた。彼の視線は、結衣の顔と、時折PCの画面とを行ったり来たりしている。そして、結衣が話し終えると、彼は少し考え込むように口を開いた。
「…AudacityとLMMSか。悪くない選択だね」
その言葉に、結衣は内心でガッツポーズをした。否定されなかっただけでも、大きな進歩だ。
「うん! でも、私、まだ触り始めたばかりで、どうやってホラーっぽい音を作るのかとか、効果音を重ねる方法とか、全然分からなくて…」
結衣は、正直に自分の不安を打ち明けた。
田中悠人は、再び少し黙り込み、それから結衣の目を見て、小さく頷いた。
「…いいよ。協力する」
彼の言葉に、結衣の顔には、ぱっと明るい笑顔が咲いた。
「ほんと!? ありがとう、田中くん! 助かる!」
結衣は、心から感謝の気持ちを伝えた。田中悠人の返事は、いつも通り控えめだったが、その一言は、結衣にとって何よりも心強いものだった。彼女の挑戦は、決して一人ではない。このLinux Mintという共通の関心が、彼女と田中悠人の距離を、また一歩近づけることになるだろうと、結衣は直感的に感じていた。文化祭という一大イベントを成功させるため、そして何より、Linux Mintの可能性を証明するために、結衣の挑戦は、いま、幕を開けたのだ。
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