第2章 困った時の救世主、そして奇妙な出会い
Linux Mintを使い始めて数週間が経ち、結衣は少しずつその操作に慣れてきていた。基本的なウェブブラウジングや、LibreOfficeでの文書作成は問題なくこなせるようになっていたし、ソフトウェアマネージャーから新しいアプリを探すのも、以前ほど億劫ではなくなっていた。しかし、やはり時折、予期せぬ壁にぶつかることは避けられなかった。特に、ターミナルと呼ばれる黒い画面での作業は、未だに彼女にとって大きな課題だった。
ある日の午後、結衣は新しいプログラミング言語の学習を始めたばかりだった。簡単なPythonのコードを書いて実行しようとしたところ、ターミナルに表示されたのは、またしても見慣れないエラーメッセージの羅列だった。
Error: module 'xxxx' not found
「え、なにこれ!? 昨日まで動いてたのに!」
結衣は焦った。何度かコマンドを打ち直してみるが、状況は一向に改善しない。インターネットで検索してみても、出てくるのは英語のフォーラムばかりで、どれも専門用語が飛び交い、彼女にはちんぷんかんぷんだった。時間だけが過ぎていき、結衣はすっかり行き詰まってしまった。
「もう、どうしよう…」
肩を落とし、ため息をつく。その時、ふと、以前PC雑誌で読んだ記事を思い出した。「困った時は、コミュニティに助けを求めよう」。結衣は、藁にもすがる思いで、とあるプログラミング掲示板の「Linux初心者向け質問スレッド」にアクセスした。
普段、SNSは見る専門で、自ら投稿することはほとんどない結衣にとって、掲示板への書き込みは勇気がいる行為だった。しかし、背に腹は代えられない。彼女は、現状のエラーメッセージと、これまでに試したことを簡潔にまとめ、震える指で「投稿」ボタンを押した。
「これで、誰か助けてくれるかな…」
半ば諦めにも似た気持ちで、彼女はPCの画面を眺めていた。すると、数分も経たないうちに、信じられないことが起こった。
「え…もう返信が来てる!?」
画面が更新され、そこには新しい投稿が表示されていた。ハンドルネーム「Kernel_Panic」と名乗る人物からの返信だ。
Kernel_Panic: $ sudo apt update && sudo apt upgrade -y でシステムを更新してみてはどうでしょうか? それと、Pythonのモジュールが不足している可能性があるので、pip install xxxxも試してみてください。
その簡潔かつ的確なアドバイスに、結衣は目を見開いた。彼女はすぐにアドバイス通りにコマンドを打ち込み、Enterキーを押した。ターミナルには、これまで見たこともないようなメッセージが流れ、様々なファイルが更新されていく。そして、数分後。
「動いた! エラーが消えた!」
結衣は思わず叫んだ。嘘のようにエラーは解消され、彼女の書いたPythonコードは無事に実行されたのだ。
「すごい! この人、神様かな!?」
結衣は感動に打ち震えた。まるで、手のひらの上で魔法を見せられたような気分だった。見ず知らずの相手とはいえ、的確なアドバイスで彼女の困り事を一瞬で解決してくれた「Kernel_Panic」は、彼女にとって、まさに救世主だった。
それからというもの、結衣は「Kernel_Panic」の過去の投稿を漁るようになった。彼の投稿は、いつも的確で、専門的な内容も分かりやすく解説されていた。Linuxに関する深い知識と、それを惜しみなく共有する姿勢に、結衣は密かに尊敬の念を抱くようになった。彼は、まるでPCの森を自在に駆け巡る、謎めいた案内人のようだった。
「このコマンド、こういう意味だったんだ…」
「へぇ、こんな便利なツールもあるんだ!」
Kernel_Panicの投稿を読み解くうちに、これまで全く意味が分からなかったターミナルのコマンドも、少しずつ理解できるようになっていった。彼のアドバイスのおかげで、結衣はLinux Mintをより深く使いこなせるようになり、その魅力にさらにのめり込んでいった。
しかし、同時に、彼女の中には小さな疑問が芽生え始めていた。「Kernel_Panic」とは、一体どんな人なのだろう? 彼女と同年代なのか、それともずっと年上のベテランユーザーなのか。顔も声も知らない相手とのやり取りは、まるで霧の中にいるような奇妙な感覚だった。それでも、彼の存在は、結衣にとって、Linuxの世界をさらに面白く、そして心強いものにしてくれた。
この時、結衣はまだ知らない。彼女の救世主である「Kernel_Panic」が、想像もしないほど身近な場所にいる存在であり、そして、その出会いが、彼女の日常にかけがえのない変化をもたらすことになるということを。彼女のLinuxへの情熱は、見えない糸で、未来の奇妙な出会いと、そして甘酸っぱい恋の予感へと繋がっていくのだった。
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