僕はY君に告白したい

春喜圭(はるき けい)

僕はY君に告白したい

十一月二十一日(木)

 この気持ちを胸に秘めたままでいるのがもう限界なので、ここに日記として綴ることにする。

 僕は、Y君に告白したいと思っている。

 Y君は背が高くてイケメンで、バスケ部の副部長だ。文武両道で、誰に対しても優しい。

 Y君とは何度か話したことがあるだけだし、クラスが違うので、彼について詳しくは知らない。

 僕が彼に特別な気持ちを抱いたのは、委員会活動で校内新聞を貼っていた時だった。背伸びする僕を見かねて、通りすがりのY君が手伝ってくれた。新聞の上の方で画鋲で止めるY君の体と、下の方を押さえる僕の体が触れ合った。僕の心臓は激しく波打ち、体温が急激に上がった。この時、僕は不思議な気持ちになった。そして何故か、Y君こそが、僕の運命の人だと思った。

 とにかく、一日でも早く彼に告白したい。どうすればそれが出来るのか、毎日悶々としている。




十一月二十二日(金)

 同じクラスの鷹野君から、Y君のことを色々聞いた。

 部活での様子、交友関係、バイト先、好きな漫画やバンドなどを、根掘り葉掘り聞き出した。鷹野君に変に思われたかもしれないが、どうでもいい。

 帰りの電車で彼が好きなバンドの曲を聞き、漫画アプリを開いて彼が好きな漫画を読み始めた。月曜までに最終巻まで読み終えたい。




十一月二十三日(土)

 そういえば、Y君がバイトしているというカフェは、ひばりが前にバイトしていたところだ。

 明日ひばりに会う時に、Y君について聞いてみよう。




十一月二十四日(日)

 やっぱりひばりはY君と同じカフェでバイトしていたことがあった。

 Y君はバイト先でも品行方正で、爽やかな笑顔でテキパキと仕事をこなすので、バイト仲間からもお客さんからも好かれていたらしい。

 ひばりは、「社員から嫌味を言われて落ち込んでいた時に、Y君が慰めてくれた」という話を笑顔で語ってくれた。

 ひばりとのデート中も、僕の頭の中はY君のことでいっぱいだった。




十一月二十五日(月)

 今日は委員会のため、Kさんと二人で遅くまで学校に残ることになった(KさんはY君の彼女だ)。委員会の作業が終わって帰ろうとすると、Y君が教室の外でKさんを待っていた。僕はチャンスだと思い、それっぽい口実をつけて、二人と一緒に下校することにした。

 駅までの道中、元々知っていた風を装って、Y君の好きな漫画やバンドの話をした。彼は僕と趣味が合うことを喜び、駅に着くまでずっと笑顔で話してくれた。僕もまた、彼とたくさん話せることが嬉しかった。

 別れ際、ついに僕はY君のLINEを聞き出すことに成功した。Y君がKさんと手を繋いで反対側のホームに立っているのを見ながら、僕は喜びに浸っていた。




十一月二十六日(火)

 放課後に偶然見かけたY君が、とても気になる行動をしていたので、書き留めておく。

 今日僕は、普段あまり行かない本屋で参考書を選んでいた。すると、Y君が店内に入ろうとするのが目に入った。僕には気づいていないようだった。Y君と同時に、店内にいた二人組の男が自動ドアを通って外に出ようとした。男たちはY君が視界に入っていたはずなのに、片側を空けようとせず、横一列のまま通ったので、Y君とぶつかった。でも、男たちもY君も何も言わずにすれ違った。

 Y君は二、三歩だけ店内に足を踏み入れたが、すぐにUターンして店の外に出て、男たちの後を追って歩き出した。彼の様子が気になったので、僕もこっそりY君の後を追うことにした。

 十五分くらい歩いたところで、男たちは木造アパートの前で別れた。一人の男はアパートの二階の部屋に入っていった。Y君はそれを確認すると、もう一人の男の後を追って人気のない路地に入っていった。

 そこから先の道はひどく狭かったので、僕が尾けていることがY君にバレてしまう恐れがあった。なので、僕の尾行はここで終了した。

 家に帰ってからもずっと、彼の奇妙な行動が頭から離れないでいる。 




十一月二十七日(水)

 この日記を書いている今もまだ、手の震えが止まらない。昨日のY君の行動の意味が分かった。

 放課後、昨日のY君の足取りを追ってみると、例の木造アパートは丸焦げになっていて、黄色い規制テープが貼られていた。すぐにネットニュースを調べると、寝タバコによる火事で住人の男性が一人亡くなったらしい。

 男性の顔は公表されていなかったが、僕には確信できた。

 Y君が、本屋でぶつかったあの男を殺したんだ。

 もしかしたら、もう一人の男も既にY君に殺されているかもしれない。




十一月二十八日(木)

 今日はひばりに踏み込んだ質問をしてみた。

 カフェでバイトしていた時、誰かが急にいなくなったり、亡くなったりしなかった?と。

 ひばりはひどく驚いて、嫌味を言ってきた社員が、数週間後に急病で亡くなったことを教えてくれた。




十一月二十九日(金)

 今日は、朝からずっと心臓が爆発しそうだった。この日こそ僕は、Y君に告白すると決心していたからだ。放課後、Y君をLINEで呼び出した。

 校舎裏にやってきたY君は、秋の陽に照らされて、いつもよりもキラキラして見えた。

 告白する前に、どうしても確認しておきたかった。僕は、「本屋でぶつかった二人やカフェの社員を殺したのか」と聞いた。

 意外にも彼は、あっさりと認めた。彼の肩にイチョウの葉が落ちた。ブレザーの紺に黄色がよく映えていた。

 そしてY君は、本屋の二人とカフェの社員を含めて、これまでに十五人を殺したことを話し始めた。事故・自殺・病死……。殺人だと疑われないように、あらゆる手段を使って、毎回手口を替えて。決して痕跡を残さず、慎重に、隠密に。自分がしてきたことを述べる間、彼はずっと笑顔だった。

 僕は驚きのあまり、声が出せなかった。

 なんと彼は、僕より三人も多く殺していたのだ!

 足の先から頭にかけて、興奮が伝わっていく。自分の口角がゆっくりと上がるのが分かった。

 それ以上、自分を抑えることが出来なかった。

 Y君が話し終えると同時に、僕は彼に告白した――僕も人を殺していることを。気持ちをすべてぶつけた――殺している理由を。

 無視する人、ぶつかっても謝らない人、電車や店内や街中で他人の迷惑を顧みない人……。法律違反にならない、ごくごく小さな罪を平気で犯す人たち。罪を罪だと思っていない人たち。他人を人間と思っていない人たち。僕はそういった人たちを密かに殺している。僕が僕を保つために、人間であるために!

 この気持ちは今までひた隠しにしてきた。家族にも、恋人にも、友人にも。しかし初めて、告白することが出来た。初めて出会えた。自分と同じ人間に。

 一緒に校内新聞を貼ったあの時、初めて彼に触れて感じたあの気持ち……。「この人は僕と同じだ」という気持ちは、やはり間違っていなかったのだ!

 洪水のように溢れ出る気持ちをありのままにぶちまけた僕は、いつの間にか泣きじゃくっていた。そんな僕を、Y君は優しく抱きしめてくれた。Y君は「俺もまったく同じ気持ちだよ」と言った。制服越しに彼の体温が伝わり、僕の体も熱くなった。この時、僕たち二人は紛れもなく「同じ人間」だった。

 そのままY君は僕の耳元で囁き、教えてくれた。二人で校内新聞を貼ったあの時、彼もまた、僕が「同じ人間」だと直感したという。やっぱり彼は僕の運命の人だ。

 ようやく僕の涙が止まると、Y君は「この世界は、俺たちには生きづらすぎるね」と言った。この言葉で、今まで僕に足りなかったものがすべて埋められた気がした。彼と僕の間には何もいらない。僕は抱きしめられたまま、彼の肩にそっと息を吹きかけてイチョウの葉を落とした。




十一月三十日(土)















 ここから先のページは燃えてしまっていて、読めそうもない。

 ケンジが興味本位で拾わなければ、河川敷のドラム缶の中で燃え尽きていたかもしれないノートだ。ここまで読めただけでも奇跡に近かった。

 ケンジは続きを読むのを諦めて、ノートをテントの脇に放り投げ、寝床に仰向けになった。寝床といっても段ボールを敷き詰めただけのもので、かれこれ一年半は新調していないためにあちこちが破れ、土や汁物で汚れた跡が残っている。

 ホームレスにとって一番の難題は、時間潰しだ。あのノートは、少なくともいい時間潰しにはなったな、と、テントの天井の穴から覗く空が真っ黒になっているのを見て思った。

 そしてケンジの頭の中は、日記の内容と入れ替わるように、今晩の食べ物のことでいっぱいになった。

 テントの中もじゅうぶん寒いが、外に這い出ると、その寒さが張り付くように顔面を襲う。ケンジは白い息をぼーっと吐き、すっかり暗くなった外を見まわした。そして振り返って、テントの脇に投げたノートを一瞥してから、街の方へ歩き始めた。

仲間に貰ったウイスキーをちびちびやりながら、身を屈めて歩く。反対側から歩いてきた通行人は、汚らしい格好のケンジを避けるように、大きく迂回して通る。彼にとってそれはいつもの事なので、気にも留めなかった。

 街は帰宅ラッシュに突入したようで、通行人の数も増え、彼らの足取りも早くなる。ケンジは人混みを避けて歩こうと、道の端っこに寄ろうとした。だが、途中で通行人に弾き飛ばされ、その勢いで植え込みに倒れ込んだ。

 「なんだよ、俺が見えないのか! 俺は人間じゃないってのかよォッ……!」

 ケンジは酔いどれの口調で、倒れたまま拳を空に突き上げた。いつもだったら何も言わずに立ち上がるところだが、あの日記を読んだからか、それともウイスキーのせいなのか、今日は気持ちが昂っていた。

 しかし、虚空に消えた自分の声に馬鹿馬鹿さを感じ、ケンジは自嘲の笑みを浮かべてゆっくり目を閉じた。

 その時、頭上でキョキョキョキョキョ……と鳥の声が聞こえた。ケンジが目を開けると、真っ黒の冬空に、見たことない燐の火のような青白い星が二つ、寄り添い合って激しく燃えている。

 ケンジがおおっと声を出すと、星はケンジの白い息に包まれた。

 「星になっても二人一緒だなんて、世の中にはとんだ幸せ者がいるもんだ……」

ケンジは星に向かってむにゃむにゃ呟いた後、再び目を閉じ、そのまま植え込みで眠ってしまった。十二月中旬の冷え込みが、ケンジの体温をゆっくり奪っていく。

 結局ケンジは最後まで知らないままだったが、この日は一日中、都内の高校で起きた大規模火災のニュースで持ち切りだった。死者は生徒・教師合わせて六十一人。遺体の身元は全員分が確認されたが、男子生徒二人の行方が分からなくなっている。

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